『ねぇアービィ。この花の名前、何と言うか知っている?』
 景色は再び同じ庭。だが、季節も年も、先ほど見たものとは違うらしい。
 少女はだいぶ大人びて、初夏の(よそお)いに身を包んでいた。
 そして、目の前で風に揺れているのも、先ほどとは違う花。ひどく見覚(みおぼ)えのある、その花は……。

『この花、貴婦人(きふじん)耳飾(みみかざ)りって呼ばれているのですって。ほら、見て。こうすると、本当に耳飾りみたいでしょう?』
 言って、少女は()んだ花を自分の耳たぶに()えてみせる。
 シャーリィは、かつてのアーベントの言葉を思い出していた。
 
 ……一緒の家に暮らしていた従妹(いとこ)が花に(くわ)しくて、私もいつの間にか覚えてしまっていたのですよ。
 
『花の名前なんか覚えたって、何の意味があるんだ。花なんか食えるわけでもないし、(かざ)って(なが)める以外、何の役にも立たないじゃないか』
『まあ!意地悪ね。アービィったら』
 怒ったように(ほお)(ふく)らませてみせる少女。

 だがシャーリィは少年が――アーベントが本当は、彼女に見惚(みと)れていたことに、気づいていた。
 記憶は情景だけでなく、その時彼が覚えた感情までをも、シャーリィに(つた)えてきていたから……。