「……ということなのですが、お分かり(いただ)けましたかな?シャルリーネ姫?」

 コツコツと神経質に机の(はし)(たた)かれ、シャーリィはハッとして飛び起きた。
「あ、あら?私……」

「実にお気持ち良さそうに眠っておいででした。史学の授業はそんなに退屈(たいくつ)ですかな?王女殿下」
 今にも説教の雨を降らせて来そうな教師の顔に、シャーリィのこめかみを冷や汗が(したた)り落ちる。

 だが、彼女はすぐに表情を取り(つくろ)い、にっこりと微笑んで教師を見上げた。
「ごめんなさい。先生のお声が、あまりにも耳に心地良かったものですから、つい……。聞く者を、眠るように安らかな心地へと誘う、本当に素晴らしいお声です。歌劇の舞台にお立ちになったら、きっと皆うっとり聞き()れるに違いありませんわ」

 教師は一瞬、呆気(あっけ)にとられたようにシャーリィの微笑みを見つめたが、やがて(ほお)をほのかに染めて横を向いた。
「今回は許して差し上げます。しかし二度目は許しませんぞ」
 シャーリィはほっと胸を()で下ろし、こめかみの冷や汗をハンカチーフで(ぬぐ)う。

 光の宝玉姫の微笑みは、誰をも魅了するとびきりの免罪符(めんざいふ)だ。
 勤勉(きんべん)で努力家の兄とは(ちが)い、苦手な勉強はついおろそかになってしまいがちなシャーリィは、今のように授業中の失敗を文字通り『微笑(わら)って誤魔化(ごまか)す』ことでなんとか(しの)いでいた。
 
「えぇと……どこまで聞いたかしら?確か、マリア・エルフリーデ姫のお名前が、出ていたような気がするのですけど」
「今日は、宝玉にまつわる歴史と宝玉姫の存在意義について、非常に重要な話をしていたのですよ?それなのに途中(とちゅう)で眠ってしまわれるなど……」

「でも、宝玉戦争のお話と、光の女王マリア・エルフリーデ姫のお話でしたら、小さい(ころ)から絵本や寝物語で聞いて、すっかり覚えてますわよ?」
「お言葉ですが、シャルリーネ姫。物語として語られるものと、歴史的観点から語られるものとは別物です。ならば、あなた様は、マリア・エルフリーデ姫の死から学ぶべき、光の宝玉姫としての教訓がお分かりになられますかな?」

「えっと……大き過ぎる力を使うと、死んでしまう、ということですわよね?」
「それだけではございません。人の心を曲げることは、たとえそれが善なる目的のためであれ、竜神様に許されぬ禁忌(きんき)だということです」
 言いながら教師は、黒板に図を描きだす。