彼女の名は、マリア・エルフリーデ・シュタイナー。

 過酷(かこく)な運命の中、竜神に導かれるようにして光の宝玉姫の座に()いた彼女は、九国の軍団が入り乱れる戦場のただ中に立ち、その場の全ての者に向け、声を上げた。

 ただちに争いをやめ、愛する者の待つ場所へ帰るように――と。

 それは、ただの『声』ではなかった。
 光の宝玉による“人の心を動かす”魅了の力……。

 その声は、姿は、全ての将兵を魅了し、彼らから争う意思を奪った。
 その奇跡は波紋が広がるように人々の間を伝わり、彼女の声が届かぬはずの遠い戦地にいる兵達までをも捕らえた。
 
 彼らは一斉(いっせい)に剣を投げ出し、それぞれの愛する者の待つ場所へ、我先にと()け出した。
 それぞれの故郷へ、恋人の元へ、あるいは愛する者の眠る地へと……。

 こうして大陸全土を戦火の渦へと巻き込んだ『宝玉戦争』はその幕を閉じた。

 だが彼女は、あまりにも強大な力を行使した代償(だいしょう)として、そのままその場に崩れ落ち、二度と目を開くことはなかった。
 だが彼女の言葉は、その死後も人々を縛り続け、その後新たに戦火を起こそうとする者はなく、平穏(へいおん)な時代が訪れた。以来、百年の長きに渡り、大陸は平和を保ち続けている。
 
 だが、それは表面上のこと。宝玉戦争から百年を()た今、マリア・エルフリーデの言葉がいつまでも効力を持っているわけではない。

 水面下では今も、他国を侵略せんと野望をくすぶらせている国が存在する。
 それが表に出ずに()んでいるのは、ひとえに竜神の宝玉による戦乱の時代の苦い教訓があるためだ。

 竜神の宝玉の破壊力は(すさ)まじく、使い手の能力いかんによっては国一つを簡単に滅ぼしてしまえる。ゆえに、うかつに手を出すことはできない。
 すなわち、今の平和は九つの宝玉がそれぞれを牽制(けんせい)し合う、(あう)うい均衡(きんこう)の上に成り立つもの。

 宝玉守りの姫となった者は、国を守るためにも、宝玉の力を完璧な形で使いこなし、その威を内外に示さねばならない。
 もし宝玉守りの力が未熟(みじゅく)と知れれば、必ずその(すき)をついてくる者が現れるのだから……。