本気の恋、してみました。


「失礼致します」

入ってきたのは、ウェディングドレスに身を包んだ凛だった。

「うわぁ…」

思わず三人とも声が出てしまった。

高校生で美顔だった凛は、大人になってもっと綺麗になった。

「あれ、治先生に渉さん…!」

「久しぶりだね」

「お久しぶりです!まさかいるだなんて…ちょっと照臭いですね」

「あ…凛……凄く、綺麗だ…」

夏希が凛に見とれて、目線がもう動かない。

「ははっ、ありがとう。夏希もスーツ似合ってるよ。あ、もちろんお二人も」

この言葉でいいお嫁さんをゲットしたものだ、と感心する。

「新郎新婦様、そろそろお時間です。」

先程見た女性が、部屋に入る。

治と渉を見て、「あ」と声を上げた。

「城田様、まだいらっしゃられたのですね。申し訳ありませんが、最終準備があるのでそろそろ…」

「あぁはいはい、すいません。今行きます」

渉が二人に手を振って先に出ていく。

それを追って外に出て、ドアノブに手をかけながら話しかける。

「式、期待してるよ」

「プレッシャーかけないでよ」

「ははっ!俺らみたいないい夫婦になれるように祈ってるよ」

「言われなくても」

「私達は幸せになりますよ」

閉じる瞬間に入ったその輝く笑顔が、脳裏に焼き付いた。

「行こうか」

渉と久しぶりに肩を並べて歩いた。


          ♥


「はっはっはっ!お前ガッチガチでめっちゃ面白かったわ…っ!あははっ!」

お腹を抱えて笑う治を他所に、夏希が拗ねたように頬を膨らます。

無事に式は成功した。

新郎の噛み過ぎた挨拶や、テレビで見た事のある本人再現VTR等で一段と盛り上がった。

凛は他の友達と話すそうで、まだここにはいない。

凛の親にも挨拶をして、外国から一週間だけ帰ってきた夏希の親も一緒に話すことになった。

「全く、いつの間にでっかくなったんだか…」

涙ぐみながら夏希の母親が言う。

「成長は早いですからね」

優しく返しながらも、外国にいたからその間だろ、と思ったが心に思いとどめることにしよう。

「立派なお嫁さんになっちゃってぇ…っ!夏希くんも素敵なお婿さんにっ…うぅっ……」

凛の母親はさっきから号泣中。

父親が慰めているが、どうしても泣き止まずに呆れてしまっている。

後に諦めて、夏希の父親と話し始めてしまった。

親同士が語り合っている所からそっと抜けて、ドリンクを取りに行く。

何がいいか時間をかけて選び、やはり変な着飾ったものを飲むよりもいいと思って、大好きなカフェオレにする。

カップを持って注いでいると、「お久しぶりです!」と声をかけられる。

「君は…」

振り返ると、相手は薬指が光り輝く左手をあげて名乗った。

「渚です!どーもです!」

「渚!久しぶりだな!また綺麗になったか?」

「あははっ!ありがとうございます!去年ぶりですね!」

輝く笑顔は変わらない。

そしてその横から歩いてきたのは…

「先生、元気でした?」

白い歯を見せて笑ったのは、古矢尊だ。

「尊!なんかホッコリするな」

「治先生が?」

「文句あんのか」

「ははっ!ないですよ!去年は来て頂いてありがとうございました」

尊に続いて渚も頭を下げる。

去年来て頂いた、というのは、初めてこのスーツを着ていった日のこと。

「お前ら順調?」

「はいもうバッチリ!仲良し夫婦ですよー」

そう言って渚は、尊の腕を組んだ。

そう、去年はこの二人の結婚式だったのだ。

生徒達がどんどん結婚して行くのが、寂しくもあり、嬉しくもあり…。

「なんか俺、寂しいわ」

「大丈夫ですよ、代わりに幸せになってあげます」

目を瞑って慰めるように背中を叩いてきた尊を振り払う。

「いや、俺も奥さんいる」

「奥さんも大変でしょうに……」

「俺をなんだと思ってるんだ」

「厄介なツンデレ男」

「俺お前の恩人だぞ!?」

この二人が付き合い始めたのは、凛や渚達が卒業して一ヶ月後の事だった。

教師なんて生徒の顔を見ていれば、誰が誰を好きなのか大体わかる。

この二人がお互いに想いあっているのを知っていたからこそ、勿体ないと思って手助けをしたのが治だった。

「忘れてないですよ、あの時はありがとうございました!」

「もう、尊ってばホンットに勇気ないから」

「いやっ、それは……」

否めない、と言いたそうな顔をしている。

まだ転任していなかった治は、尊に直接「告白してこい」と伝えた。

ただそれだけの事だが、二人の人生を変えてしまったみたいだ。

「俺なんて高校の頃は部活に専念しすぎて彼女なんか出来なかったからな」

「何部だったんですか?」

「男子バレーだったよ」

「え!?女バレーの顧問、先生がよかったな……」

渚は三年間女子バレーボール部に入って、部長として活躍していた。

後輩思いでとても好かれていると教師の間でも評判だった。

「悪いな、男子バレーの顧問なっちまったからさ」

「あの先生ほんとに嫌だったんですよ!」

なんてたわいもない話をする。

でもこれも、久しぶりで、治にとっては大切な時間だった。

暫くした後凛が戻ってきて、また話が始まった。

「なぎ!ここに居たんだね。」

「うんっ!凛、青いドレス似合ってるよ」

「ありがとう。渚も去年めちゃくちゃ綺麗だったよ?」

「そりゃあ高嶺の花と言われていましたから!」

声を上げて笑った。

すると横から女性が一人、歩いてくる。

「お久しぶりです」

凛の顔を覗いたのは、目が大きくて髪も伸びた、林間学校で見たあの子だった。

「結愛ちゃん!」

「結愛、来てくれたのか?」

「もちろん!友達の結婚式だよ、来るに決まってる」

確か、篠原 結愛、と言っただろうか。

可愛らしくて夏希の初恋の人。

最近は凛の話ばかりで、忘れかけていた。

この子はいつも、忘れかけていた時にやってくる。

タイミングが良い時もあれば、悪い時もあるけれど。

「結婚おめでとう、夏希。綾瀬さんも。あ、今はもう、二人とも【八瀬】でしたね」

その純粋な笑顔に、二人は照れている。

「改めて、結婚おめでとう。」

花束を渡した結愛は、踵を返した。

「ごめん、私、この後予定あるから帰らなきゃ行けないの。また、ゆっくり話聞かせてね。」

「今来たばかりでしょう?」

「そうなんです、でもごめんなさい。」

凛からの言葉に、結愛は目を伏せた。

「また会いましょうね」と、結愛は立ち去ろうとする。

バレないように結愛を追いかけて、人気が無くなったところで声をかけた。

「なぁ、篠原さん。」

振り返った結愛は、「貴方は…夏希の親戚の?」と首を傾げる。

少しだけ笑顔を取り繕って言った。

「どうしたんですか?少し、急いでいるのですが」

「お前、夏希のこと好きなのか?」

その言葉に、結愛は硬直して顔をひきつらせた。

「な、何言ってるんです?あははっ、そんなわけないでしょう。結婚しているのに」

「だからなんだよ。見てりゃわかる」

話したこともないのに失礼かもしれない。

けれど、確かめたかっただけだ。

「……城田さん…でしたっけ?なんでわかっちゃったんですかね。」

立ち直した結愛は、後ろに手をやってスカートを揺らした。

「本当に、好きだったんですよ」

笑った。

「最初は幼馴染なだけで好きじゃなかった。だから告白は断ったんです。でも林間学校で久しぶりに会った夏希は垢抜けていた。」

そこから結愛は長々と話し始めた。

林間学校で会った時から、夏希に惚れてしまったこと。

でも横には、ひとつ年上の綺麗な女性が立っていたこと。

そして、その日のうちに夏希は凛が好きだと、知ってしまったこと。

「でも、諦めきれなくて……。占いとかも行ったんですよ。」

その占いでは、『その恋は二日後に叶わなくなる。早く諦めた方がいい』と言われたらしい。

「それで、そこから二日後。夏希から連絡が来ました。興奮状態だった夏希は、声から笑顔が溢れていることがわかった。」

静かに、話を聞いていた。

どれだけ、長く聞いていただろうか。

この先の話の内容なんて、聞かなくてもわかる。

でも結愛は、苦しみながらも全てを出した。

「夏希、言ったんです…。『プロポーズした』って。『OKを貰った』って…っ」

潤み始めた目を細くしながら、結愛は声を震わせて話し続けた。

「あぁ、終わったんだ。そう思いました。五年以上付き合って結婚して、離婚なんかしないだろうし。ホント、私って馬鹿だなって。あの時告白を受け入れていたら。今頃あそこには私が立っていたはずなんです。」

結愛は気付いていないのかもしれない。

化粧がグチャグチャになるほど、涙が溢れていることに。

それでも、話を止めることはなくて。

涙も、話も止まらない結愛を見ていて苦しくなる。

問い詰めなければよかったと思ったけれど、一人で抱えていた方が可哀想かもしれない。

「お似合いだと…思います。幸せになって欲しいです。……ごめんなさい、こんなに…」

「いや…」

返す言葉がなかった。

頭のどこを駆け巡っても、言葉なくて返事ができなかった。

「こんなに、彼を好きだとは思わなかった。」

誰かの幸せが叶う時。

それは誰かの幸せが叶わなくなる時。

「この後、用事ないんですけど、本当は。でも、見ていられなくて。」

誰かが笑顔になる時。

それは誰かが涙を流す時。

「長々と話してしまい、すいませんでした。聞いて頂いて、ありがとうございます」

頭を下げてその場を去ろうとする結愛に、振り絞って声を出す。

「あのさ」

「……」

結愛は、振り返りもせず、足を止めた。

「……君も、幸せになって欲しい。」

後ろ姿でもわかる。

また、彼女を泣かせてしまったようだ。

「君を愛してくれる人は、きっと他にもいるから。大丈夫だから。幸せになって欲しい」

肩を震わせて結愛は声を殺して泣いていた。

「きっと夏希も、そう願ってるよ」

そう言って、もうそれ以上何も言わなかった。

結愛はゆっくり顔だけをこちらに向けた。

「……ありがとうございます。また、お話しに来ます」

結愛は、笑っていた。

誰かが夢をなくした時。

それは、新しく夢が始まる時。