「ゴホッ、はぁー落ち着いた」
「大丈夫か? まったく落ち着いて食え」  

「うん」

 アトールのガレーン国で集めると言った噂とは。召喚に使われたワーウルフの番の骨のこと? それともその場で戦った冒険者のこと? ガレーン国から山ひとつ分も離れたリルガルド国に、ワーウルフの強制召喚の話はすでに伝わっているんだ。

「でもさ、リーヤの弟さんはリルガルド国の騎士団で、第二部隊なんだろ? そんな上の騎士がこの国に来たんだ? もっと下っ端の奴が来るんじゃないのか?」

 そうだわ、いくら新人の騎士だからといって、第二部隊のアトールがここに来るのはおかしな話。

 アトールはその質問に眉をひそめた。

「僕が選ばれたのは兄の一択だよ。いまね、リルガルド国の騎士団の中ではガレーン国で起きた強制召喚と、ある女性冒険者の話で持ちきりなんだ。それで、兄貴がさ……"俺がガレーンに行く"とか言い出して、周りに押さえ込まれてたよ」

「……お兄様が?」

 だとすると、ガレーン国にわたしがいることをお兄様は知っているのね。

「兄貴はリルガルド国の騎士団長やってるのに。姉さんの事になると手に負えないよ。あの時も父上宛に送った姉さんの手紙を見て……、一目散にあいつの所に馬を走らせ、奴を捕まえて殴るは投げ飛ばすは暴れちゃって、止めるのが大変だったよ」

 ええ……嘘、

「お父様に送った、あの手紙をお兄様が見てしまったの……」

「兄貴がちょうど訓練中で、早馬から受け取って……姉さんの手紙だからと開けちゃってさ」

「お兄様……」

 あの手紙にはわたしがまだ生娘だと記した、医者の診断書も入っていたのに……ああ、お兄様に見られてしまうなんて。

「でも、アイツは父上と母上の逆鱗にも触れたからね。毎月伯爵家に送られていた援助金も止められた。姉さんの離縁理由は国王陛下もご存じで、伯爵家は男爵まで降格、身籠ったメイドとあいつは結婚して、未開発の土地に送られたよ。今日、ガレーン国に来たのも兄貴じゃなくて僕でよかった。姉さんがこんなにカッコいい男性に囲まれてちゃ、兄貴は絶対ここでも暴れたよ」

 ハハハッと、楽しそうに笑うアトール。

「ほんと、カッコいいわよね」

 アトールにつられてポロッと小さく本音が漏れ、隣の少し驚いた顔をしたナサと瞳がかち合った。その横ではアトールがバシッと拳を鳴らす。

「ああ、手合わせしたい。でも、かなり手加減してもらわないとダメだよな。ワーウルフも瞬殺で倒したって話を聞いた、凄く強いんだろうな」

 アトールはみんなを見回して子供みたいに目を輝かせた……その言葉に一番に反応したのは隊長のアサト。

「おお、なんだ。リーヤの弟さんは俺達と手合わせしたいのか」

「うん、手合わせしたい」

「残念だが、俺もしてやりたいがそれは出来ないんだ。俺達は故意に人間と決闘、危害を加えてはならない。国が認めた闘技場での試合以外は決闘できない決まりなんだ」

 うん、うん、とナサとロカも頷いてる、そうなんだ残念。

「アトール、残念だったわね」

「僕もだけどリイーヤ姉さんもでしょ? よく図鑑を見て獣人てどんな強さなんだろう。一度会って戦ってみたいって言っていたよね」

「ま、まってアトール。いつの頃の話をしているの、わたしでは無理だわ」

 この前、間近でみんなの戦いを見て思った、学園に留学していた獣人の方を見ても思っていたし、戦闘を見た後では学園の頃のわたしでも全然歯が立たない。でも"無理"だと、言った瞬間、みんなの視線がわたしを見た。

 ナサに至っては首を傾げて。

「シッシシ、無理だとよ」

 カウンターで意味ありげに笑う。まさか、あの時、ワーウルフと戦ったのはわたしだってバレているの。

「リーヤ、そんなに驚くなよ。鼻と耳が人よりもきく俺たちに、バレていないとでも思っていたのか?」


 ああ、やっぱり、バレてるのね。