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 一人の少女が、桜の咲き誇る群馬県立犬崎(いぬさき)高等学校の校門を、俯きながらくぐり抜けた。新学期、誰もが笑顔で通り抜けるこの門を、少女は無表情で足早に歩き、溜め息を付いた。

 今日も憂鬱で、退屈な一日が始まった……。

 桜の花が舞い落ちる美しい風景が、鬱陶しく感じる。

 少女はフィルターが掛かった様な、仄暗い瞳を伏せた。青春真っ只中だというのに、やりたいことも無く、ただ一日一日が過ぎていくのを待っている。温かな春の日差しを浴びながら、姫川莉愛(ひめかわりあ)は、もう一度溜め息を付いた。それから校舎内に入り、廊下に張り出されたクラス分けの表を確認し、指定された教室へと向かう。3-Aと書かれた教室へと入ると、すでに教室で談笑していた生徒達がざわついた。

「うわっ、でっか!」

「あれ誰?」

「確か2-Cだった姫川だろ。相変わらずデカいな」

「もしかして、俺より背が高くないか?」

「もしかしなくても、姫川の方がデカいな」

「まじかー」

 そんな声があちらこちらから聞こえてくるが、そんなことはいつものことだ。回りの様子から分かるように、私の身長は176㎝と大きく、私の周りにいる男子より身長が高いと思われる。そんなクラスメイト達の視線を無視して、莉愛は自分の名前の書かれた机へと行き、席に着いた。

 立っていなければ目立つことは無い。

 背中まである癖の無いストレートの黒髪を後ろで一本で縛り、少しずり落ちてきた黒縁の眼鏡をかけ直す。それと同時に、背中をやや丸め俯き、動かずジッとしてみる。

 すると……。

「うわーっ、デカいだけで地味」

 クスクスと笑う声が聞こえてくるが、それを莉愛は聞こえないふりをする。

 これでいい。

 目立ちたくは無いのだ。