王室御用達の靴屋は彼女の足元にひざまづく

 翌日、昼過ぎ。
 サクリ。

「差し入れだけ置いて、とっとと帰れ」
「帰りません」

 自分が来たのだと聞きわけている檜山に、晴恵は自然に笑みを浮かべた。

 晴恵は職業柄、人の歩き方を観察している。
 どちらの足に体重を載せているのか、足裏全体を使って歩いているのか。
 檜山も、顧客が何かトラブルを抱えているのかチェックしているのだろう。
 ますます尊敬の念が湧いてくる。

「あのなあ」
「『惚れたと思うなよ』でしょう? わかってます」

 なぜか、このセリフを言うときに胸が痛んだ。が、無視する。

「邪魔にならないようにしてますから、見学していていいですか?」
「面白くもなんともないぞ」
「そんなことないです」

 彼が靴を作りだすのを見たかった。

 晴恵が勤めているフットケアサロンは大使館のそばにあり、そこそこ高収入な人が利用している。
 ――足のトラブルに悩まされている客が言うのだ、
『ミスター檜山に靴を作ってもらうために日本に来た』と。

『彼に作ってもらった靴を履くと、足に羽根が生えたように軽く歩けるようになるらしい』

 革靴はしっかりした作りだろうから、それなりに重い。なのに履いたほうが楽とは。

 足のトラブルはなかなか改善が難しい。
 フットケアの施術は応急的なものだ。

 晴恵が勤めているサロンで、檜山の靴を手に入れられた幸運な顧客はもれなく来店間隔が長くなる。