真夏の夜

部屋のノックが鳴った。

振り返ると娘が立っていた。

「今から車で連れて行って欲しいところがあるんだけど」

僕は時計を見て、こんな時間帯にどこが行きたいのか聞いた。

しかし彼女は目を逸らし無言だった。

「行きたい場所が分からないと、僕だってどこに行けばいいのか分からない」

それでも彼女は何も答えなかった。

僕は少し考えて、20分後に出ようと言った。

彼女は頷きドアを閉めた。

上はポロシャツ、下はチノパンツに着替えた。

部屋を出ると彼女も後ろから付いてきた。

「どこか行くの?」

妻が聞いてきたが、ドライブだよとだけ答えた。

7月の東京は暑かった。

あてもなく車をしばらく走らせた。

お気に入りの音楽を流した。

その間彼女は窓際に肘をつき前を眺めたり横を眺めたりを憂鬱そうに繰り返していた。

途中でアイスコーヒーを2つ買った。

彼女は何も喋らなかった。

きっと彼女は言いたいことを頭の中で整理しているのだろうと思い、邪魔をしないよう僕も何も喋らなかった。

僕は久しぶりに海を見たくなったので東京湾に向かった。

「少しだけ休憩させてもらってもいいかな?」と言い、僕は車を降りた。

天気は晴れていたし、少しだけ風が吹いていた。

煙草を吸いながら、海面に映った橋を眺めていた。

15分ほどして彼女は車を降り、近くのベンチに座った。

僕達以外に2組のカップルがいた。

また煙草に火を付けた。

30分ほどして彼女に戻ろうと言い車に乗った。

しばらく海の周りを走っていた。

彼女はコーヒーを一口飲み、面倒くさいなぁと呟いた。

僕は頭の中でその言葉を何度も繰り返した。

面倒くさいなぁ、か。

「どうして女友達って面倒くさいんだろう。」

「お母さんに相談した方が良かったんじゃないか?」

彼女はまた黙った。

「僕も学生の頃は面倒くさい友達や先生だっていた。でも仲の良い友達もいないわけじゃなかった」

彼女は無言のまま聞いていた。

「僕は僕なりに女性の気持ちを知ろうと少なからず努力はしている。だから秋のためにできることは何かあるかな?」

娘は秋という名前だ。

彼女は黙ったままだった。

話してくれただけでも僕としては安心した。

それからいつものようにくだらない話をした。

営業先の課長が狸に似ているとか、お昼に定食を食べたが肉じゃなくて魚にするべきだったとか。

本当にくだらない話だ。