「でもここに来る時は大抵こっそり抜けて来てるから、いないのバレたら秘書に怒られる」
「え、和泉さんでも怒られることあるんですか?」
「うん。うちの秘書、有能だけどすっごく怖いの。しょっちゅう怒られてます」
「あはは、それは想像出来ません」
首をすくめて戯ける和泉さんに思わず声を上げて笑ってしまえば、彼はそんな私を眩しそうに見つめて眦(マナジリ)を下げた。
「そんな僕のお気に入りの場所へ、今日は灯ちゃんと一緒に来たかったんだ。そしたら今度僕が会社を抜けてここへ1人で来た時、灯ちゃんと過ごした今日を思い出してまた頑張れるでしょ?」
すると和泉さんが突然そんな甘いセリフを混ぜ込んで来るから、再び激しい動悸に襲われた私の足はぴたりと止まってしまう。
「……〜〜だっ、たからっ、そういうことをサラッと言わないで下さいっ!反応に困りますっ!」
真っ赤に染まった顔で和泉さんをじとりと見やって文句を言えば、
「……あー、もう……。僕も、さっきから灯ちゃんの反応がいちいち可愛くて困ってます」
眉をハの字に下げて、ため息と共にとんでもない爆弾を落とされた。
そしてそれと同時に私は何かにふわりと包まれる。
シトラスの香りが一際強く鼻腔をくすぐり、それによって自分の置かれている状況を理解した私は慌てふためいてもがく。



