湯上がりの和泉さんは、ただそこにいるだけで色気に溢れていた。

濡れ髪をタオルで拭く仕草でさえ妙に(なま)めかしかったし、こちらを見つめるその額に掛かった前髪の隙間から覗く焦茶の瞳すら、艶を帯びていて色っぽい。

……なんて、さっきあんな宣言をされたから、余計にそう見えてしまうだけかもしれないけれど。

ソファーの端っこでドキドキする心臓と膝を抱え、じっと息を潜めてそんな和泉さんを眺めていたら、ふ、と空気を溢すように柔らかく笑った和泉さんが、「お待たせ」とこちらへ向かって来た。

優に4人は座れそうなL字型の広々としたソファーなのに、和泉さんが今座ろうとしているのはなぜか私の真横。 

……このままいけば、たぶん肩が触れてしまいそうな距離。

ふわっと石鹸のいい香りが私の鼻腔を擽《くすぐ》ったと同時に座面クッションがゆったりと沈み込み、案の定トン、と肩が触れる。

それだけで、私の身体は小さくビクンと跳ねた。


「灯ちゃん、さっき髪乾かしてる時も思ったけど、甘い匂いがするね?」


でもそんな私の様子に気づいているのかいないのか、和泉さんはいつもと変わらない調子でこちらを見つめて言った。


ーーうん、普通、だ。


シャワーに行く前にダダ漏れさせていた色気は、少なくとも今は鳴りを潜めている、と思う。

シャワーを浴びたことで、和泉さんも少しクールダウンしたのかもしれない。

さっき感じた湯上がりの芳しい色香も、私が和泉さんのあの発言に過剰に反応し過ぎたせいで、そういうフィルターがかかって見えてしまっていただけだったのかも。

自分の中でそういう結論に至って、ちょっとホッとしながら私は答える。


「コ、コンシェルジュの方が用意してくださった物の中にヘアオイルが入っていて使わせてもらったんですけど、それがバニラハニーの香りって書いてありました……」

「なるほど、バニラハニーか。道理で甘い訳だ。食べたくなる匂いだね」

「……っ!いっ、和泉さん!今度は私が髪乾かしてあげます!」


なのに"食べたくなる"と言われて、瞬時に脳が"食欲"の方ではなく、"いやらしい欲"の方に変換してしまったものだから、その恥ずかしさとやましさから私は声がひっくり返りそうになりながらも慌ててそう提案した。


今のは絶対そういう意味で言ったんじゃないのに……!


ダメだ、あんなことを言われたせいで、脳がもう完全にそういう方向に持っていかれてしまっている……!

なんてはしたない……!