「ーーところで、聞くまでもなさそうですが、行き先はどうしますか?」
安定したハンドル捌きで都会故の明るさを保つ夜の街を走りながら、瀬戸さんが問い掛ける。
「ああ、僕のマンションに変更で」
「えっ……⁉︎」
「承知しました」
それに対し隣に座っている和泉さんがさも当然のように答えるから、私の口から素っ頓狂な声が漏れた。
「ここから灯ちゃんの家まではちょっと距離があるからね。本当は朋くんの家に一旦灯ちゃんを預けて、落ち着いてから送っていくつもりだったんだけど……。今日は、このまま僕の家に灯ちゃんをお持ち帰りしてもいいかな?」
「おっ、お持ち帰り……っ⁉︎」
「うん、お持ち帰り」
25年間生きて来た中で牛丼やコーヒーをお持ち帰りしたことは多々あれど、まさか自分がお持ち帰りされる日が来ようとは夢にも思わなかった私は、艶やかに微笑む和泉さんを前に完全にフリーズした。
「うちの子供たちが久しぶりに副社長に会えるのを楽しみにしていたんですが、仕方がないですね」
「あはは、ごめんね。今度ゆっくり遊びに行くからって伝えておいて。っていうか今はもう業務時間外なんだから、そんな堅苦しい呼び方はやめてよ朋くん」
「……分かりました。でも恭加、深町さんからまだ了承が得られていませんが、どうします?」
2人の繰り広げる、副社長と秘書にしては随分と親しげなやり取りの半分もまともに耳に入って来ない私に、瀬戸さんはフロントミラー越しに揶揄いを含んだ視線をチラリと投げて寄越した。
「……ダメだった?」
不安げに瞳を揺らして、前屈み気味でこちらを覗き込んでくる和泉さんにハッとする。
「いっ、いえっ!お持ち帰り、どんと来いデス……!」
恥ずかしいなんて言っている場合じゃない。
和泉さんを、もう少しも不安な気持ちにはさせたくない。
そう思ったら、頭で考えるよりも先に咄嗟にそう答えてしまったけれど。
「ふは……っ」
それに和泉さんが吹き出すものだから、我に返った私の羞恥心はもう完全にメーターが振り切れた。



