「ーーお取り込み中すみません。お迎えに上がりました、副社長」
私たちしかいなかった空間に突如無機質な声が響いて、ビクッ!と大げさに肩が跳ね、閉じていた目は反射的に開いた。
「………はぁ………。朋くん。もう少し空気を読んで欲しかったな……」
声の主は和泉さんの秘書である瀬戸さんで、その彼の登場に和泉さんは渋々といった感じで私から顔を離す。
そして私のことは腕に閉じ込めたままの状態で、ちょっと拗ねた声で不満を漏らした。
「これでも一応読んだつもりなのですが。でもこれ以上はお2人に風邪を引かれては困りますから。続きはあとで、その濡れそぼった身体を何とかしてからにして下さい」
「……っ⁉︎」
つっ、続きって……!
しれっとそう言い放った瀬戸さんの言葉に込み上げて来る羞恥心。
私の顔は、まだこんなに赤くなれたのかと思うくらいの勢いで朱に染まった。
一体どこから見られていたんだろう……⁉︎
和泉さんのキスと色香で溶かされつつあった頭もだんだんと正常に機能し出して、そうなるともう恥ずかし過ぎて瀬戸さんの方も、和泉さんの方も見られない。
だから腕の中でひたすら気配を消すように息を潜めて縮こまっていたのに、急にブルッと震えが来て、「っくしゅんっ」と小さなくしゃみが出てしまった。
「あぁ、灯ちゃん、ごめん。……そうだね、続きはまたあとで、ね?」
悪戯っ子みたいに、だけどそこに妖艶さを含ませた笑みを浮かべ私の唇を親指でなぞった和泉さんは、私を解放すると何事もなかったかのように瀬戸さんからタオルと傘を受け取り、「おいで」と開いた紺色のそれに私を招き入れる。
瀬戸さんは、自分が差している傘と和泉さんに渡した傘以外にもう1本持っていたけれど、和泉さんは私にそれを使わせるつもりはないみたいだ。
….…っていうか、あ、あ、あとでって……!
もうさっきから和泉さんの色気がダダ漏れすぎて、クラクラ目眩がして来る。
初デートの時、まさにここで和泉さんのイメージを"品行方正で物腰柔らかくて大人で紳士なイメージ"と言った私に対して、"そんなイメージに油断してると、知らないよ?"と和泉さんは釘を刺したけれど、その意味を今、まざまざと突きつけられてしまった……。
という訳で、それから「ありったけのタオルを敷き詰めてますので、遠慮なくどうぞ」、と瀬戸さんに促されるがままお邪魔した車の後部座席に収まってもなお、顔の熱はしばらく引きそうにもなかったのだった。



