ーー桜の蕾の先端が緑色になり始めた頃。


副社長室を抜け出して偶然見つけた食堂で、僕は彼女に出会った。

その子は凛とした佇まいで、真っ直ぐに人を見つめ、真っ直ぐに言葉を紡ぐ子だった。


最初、メガネの奥の漆黒の瞳はまるで警戒心の強い子猫のようだったのに、オススメのメニューを教えてくれた時も、唐揚げをお裾分けしてくれた時も、僕の猫舌を肯定してくれた時も。

その澄んだ声は、真っ直ぐで優しくて。

だけど、僕が海老天をお裾分けした時に不意に見せてくれた笑顔は無防備で可愛くて。


話せば話すほどにその瞳の形をくるくると変えていろんな表情を見せてくれる彼女のことを、ああ、とても魅力的な子だなぁと、そう思った。

ひとつひとつの所作は綺麗なのに、その豪快な食べっぷりにもとても好感が持てた。

職業柄や立場上、少なくとも僕の周りには自分の魅せ方を知っている、良くも悪くも作り込まれた女性たちしかいなかったから。

その見た目も中身も飾らない姿が、僕の何かを強く惹きつけた。


いつぶりだろう、誰かとこんな風に、気負うことなく自然体で純粋に食事を楽しめたのは。


あのランチの時間は、日々の仕事に忙殺されていた僕にとって、久しぶりに心が安らぐ楽しいひと時で。


もう一度、会いたい。


食堂を出たあと温かく満たされた心の一点に、ただその気持ちだけが一際強く、熱く灯っていた。