……和泉さんは、やっぱりさっき見ていたのだ。
私が樹くんに、抱きとめられているところを。
あれは、ただ単にうっかり段差を踏み外してしまった私を樹くんが助けてくれただけに過ぎないのだけれど、側から見たらただ抱き合っているようにしか見えなかったかもしれなくて。
きっと和泉さんを、不用意に傷つけてしまった。
私があの時。
和泉さんがお土産を届けに来てくれたあの時、ちゃんと好きって気持ちを伝えられなかったから。
だから和泉さんに、あんな顔をさせてしまったのだ。
和泉さんはいつも、いつでも真っ直ぐに、躊躇うことなく私に気持ちを伝えてくれていたのに。
ーー私は今、あの時の勇気の足りなかった自分を、死ぬほど後悔している。
「ーーはぁ。全く、恭加は……」
彩也子さんが、私の隣でタクシーが走り去って行った方向に向かって大きなため息を吐いた。
ーー明日。明日になれば、和泉さんにはまた会える。
もともと、明日伝えようと思っていたのだ、樹くんとのことも、和泉さんへのこの気持ちも全部。
……でも、このまま明日なんて、待っていられるはずがない。
今伝えなくちゃ。
電話でも、メールでもなく、直接顔を見て、今すぐに。
強く、そう思った。
だからーーーー。
「ーー樹くん、ごめん。彩也子さんとちょっと話したいことあって。だから申し訳ないんだけど、今日はここでバイバイでもいい?」
私の言葉に、彩也子さんが「ん?」とこちらを向く。
樹くんはもちろん、と頷き、急な誘いに付き合ってくれたことへのお礼と、帰りはくれぐれも気をつけて、とそれだけ私に言い置いて、彩也子さんにも会釈をしてから「また飲もうな」と爽やかに去って行った。



