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「深町、大丈夫?送って行こうか?」
あれから比呂さんに生温かい目で見守られながら2人で喋って食べて飲んで。
お腹も心も満たされて、お店を出る頃にはもうすっかり空が藍色に染まっていた。
サァー、と少し火照った頬を湿った風が撫でていき、あ、もうすぐ雨が降りそう、そう思ってお店の前でボーッと空を見上げていたら、一歩先にいた樹くんがくるっと振り返って私を心配そうに覗き込んだ。
「…ううん、大丈夫!今日はどちらかというと食べてばっかりで、そんなに飲んでないから」
比呂さんが、私が飲み過ぎないようにとさりげなく目を光らせていたのには気づいていた。だからお酒は2杯でやめておいたし、そんなに酔ってはいない。強いて言えばアルコールの効果により、ちょっと楽しい気分になっているくらいだ。
「確かに、見てて気持ち良いくらいよく食べてたもんなー、深町。一体そんな細っこい身体のどこに吸い込まれてったんだか」
「ちゃんとこのお腹に全部収まってますよ?」
ポン、とお腹を叩いて得意げにそう返せば、樹くんが面白そうに笑う。
長年の誤解も解け、お酒の力も多少手伝ってかこの2時間弱の間で私はすっかり樹くんと気兼ねのない会話が出来るようになっていた。
まさかこんな日が来るなんて、ちょっと前までは思いもしなかった。
和泉さんに出会う前までの私だったら、きっと今日、ここへ来ようとは思っていなかっただろう。
そしたらこの誤解も解けることはなかったし、樹くんとこんな風に笑い合えることもなかった。
逃げずにちゃんと過去と、樹くんと向き合えたのは和泉さんのおかげだ。
なんてそんなことを考えていたら、お店の前にわずかな段差が存在していたことをすっかり失念していた。
そのまま一歩踏み出した私は見事にそれを踏み外してガクンとバランスを崩し、グラっと前に傾く。
「わ……っ!」



