「……私、あの夏の放課後。実は教室のドアの前でその話、聞いてた」
「…マジか」
顔を隠したままの私の突然のカミングアウトに、樹くんの声がわずかな驚きに揺れた。
「うん、忘れ物取りに戻った時に、偶然……。でも、私が樹くんのことを好きだって知らされた時の樹くんの"あり得ないから"って言葉を聞いて、ああ、私なんかの気持ちはやっぱり樹くんにとったら迷惑以外の何物でもなかったんだってショックで悲しくて、すぐにその場から逃げ出して……」
「…ちょ、待って、深町!それ!その"あり得ない"の意味の解釈、間違ってるから……!」
……やっぱり……。
「……うん、そうだった、みたいだね………」
「「…………。」」
「「……ぷっ……!」」
しばらくの沈黙のあと、思わず顔を見合わせて2人で吹き出した。
ーーあの時、逃げ出さずにちゃんと最後まで話を聞いていれば、誤解は生まれなかったかもしれない。
無駄に傷つくことも、その傷を引きずることだってなかったかもしれないし、もしかしたら違う今があって違う自分がいたのかもしれない。
でも、と思う。
今とは違う自分だったら、もしかしたら和泉さんとは出会っていなかったかもしれないし、出会っていたとしても和泉さんは私を好きになってくれていなかったかもしれない。
珠理ちゃんや佐原くんとも、こんな関係を築けていなかったかもしれない。
きっとあの出来事があって、こんな自分だったからこその今なんだ。
そう考えたら、何ひとつ無駄じゃなかったんだと、素直にそう思えた。
それに10年経った今、こうして誤解が解けてあの頃の恋心が報われていたことを知れて、2人で笑い合えている。ただそれだけでもう、十分だった。
「……腹、減った、な」
「……うん、減った、ね」
ひとしきり笑い合ったあと、お互い胸のわだかまりが溶けたことによって急激な空腹感に襲われた私たちは、その後、10年ぶりの会話を楽しみながらお酒を酌み交わしつつ比呂さんの料理を堪能したのだけれど。
和泉さんに会いたい。
早く会って、顔を見て伝えたい。
今日のことを、私の気持ちをーー。
結局その間も私の頭の中は、和泉さんでいっぱいだったのだった。



