「ーー深町って、あの当時から他の女子とは違って、何か大人っぽい、落ち着いた雰囲気があってさ、」
ーーそうして樹くんはジンバックの入ったグラスに目線を落としながら、ゆっくりと話し出した。
まるで、そのグラスに当時の私が映っているかのように、懐かしそうに目を細めて。
「周りがどんなに騒がしくても凛とした姿勢で本読んでる姿が何かカッコよくて、いつも視界の隅で気になってた。だから邪魔しちゃ悪いかなとは思いながらも話し掛けずにはいられなくてさ。で、いざ"何読んでんの?"って話し掛けてみたら、最初は戸惑ってた深町がビー玉みたいに目をキラキラさせて読んでる本のこと教えてくれて。ーー可愛いなって、思ったんだ。その顔見たさに、オレはそれから深町に話し掛けるようになった」
……か、可愛い……⁉︎
私の方を一瞬だけ見た樹くんのその照れくさそうな表情に、戸惑いを隠せない。だってこの先の話の展開が、全く想像出来ない。
私は固唾を呑んで再びグラスに目を落とした樹くんの横顔を見つめ、続きを待った。
「ーーでも中2の夏の放課後。部活が休みだったオレと、当時仲の良かった西谷とか田原とか、ーーあと女子もいたかな、誰だったか覚えてないけどーー、その数人で教室に残っていつもみたいにくだらない話をしてた時。急に西谷が深町はお前のことを好きらしい、って言い出して、」
ドクン、と、心臓が大きく跳ねる。
ーーそれは、間違いなくあの日私が教室のドアの向こう側から見た景色。
"中2の夏の、放課後の話"。
あの場にいたみゆきちゃんのことはどうやら樹くんの記憶には残ってないみたいだけれど、彼の指すそれと私の思い浮かべたそれは、やっぱり同じだったらしい。
無意識に、グラスを握る手に力がこもった。



