「違う違う!そうじゃなくて……。……あー、くそ、じゃああの時あいつらが言ってたことは本当だったってことか……」
パッと一瞬顔を上げた樹くんだったけれど、またすぐにその顔を隠して何やら悩ましげにぶつぶつと呟いている。
「……あの時……?」
否定のあとのセリフはボリュームが小さ過ぎて上手く聞き取れなかったけれど、漏れ聞こえて来た言葉だけを拾って問い返せば、今度こそこちらを見た樹くんの、とても真剣な色を宿した瞳と視線がぶつかった。
そして、次の瞬間耳に流れ込んで来た樹くんのセリフに、わたしはひゅっ、と息を呑む。
「……深町。オレも、深町に聞いて欲しいことがあるんだ。中2の夏の、放課後の話、とか」
ーー中2の夏の、放課後の話ーー?
……それはもしかして、"あの日"のことを指しているのだろうか。
そうだとしたら、樹くんの方からその話題が出るとは思ってもみなかった。
だって、私にとってみたら大きな出来事だったそれも、樹くんにとってみたらきっと中学時代のありふれた日常の些細な一コマでしかなくて。
10年経った今も覚えているような、そんな大した出来事ではなかったはずだから。
なのに樹くんは、これからなぜか私に"あの日"のことを話そうとしている。
一体、何を言われるんだろう。
そう思ったら、グラスを掴んだ手が少し震えた。
彼のそのまっすぐな瞳を受け止めきれなくなって、一瞬逸らしてしまう。
ーー正直怖い。あの日のことを、樹くんの口から直接聞くのは。
でも、と、私は徐に鴨肉のローストをザッと一気に2切れ箸で攫うと、勢いよく頬張った。そしてそれをアプリコットフィズでグイッと流し込んだ。
そして、覚悟を決める。
突然の私の行動に目を丸くした樹くんだったけれど、私は今度こそその瞳をしっかりと受け止めて、こくりと頷いた。



