『あ、ああ、うん、実は、あります……』
でも、私がはは、と苦い笑いをこぼしながらもテーブル席に空きがないことを確認、内心ため息を吐きながら促されたいつもの左端のカウンター席に樹くんと並んで座った時には、比呂さんはいつものポーカーフェイスを取り戻していて。
『……深町さん、割と常連さんなんですよ。今日は久しぶりのご来店ですが、ね?』
なぜかマッチ呼びを封印した彼はにこ、と営業モードでとびきりの営業スマイルをかまして来た。
でもその目は全く笑っていなかったし、前からマッチ呼びはやめて欲しいと言っていたのは私の方だったはずのに、いざ普通に呼ばれてみるともはや違和感しかなくて。
その違和感に『ハハハ……』と乾いた笑いを漏らすしか出来ない私に、彼はニヤリと唇の端を持ち上げたのだった。
それに『くっ……!』と思いながらもドリンクといくつかのフードの注文を済ませ、乾杯をして早々樹くんが仕事の電話で席を外して今に至る、という訳だ。
金曜日の夜だから、今日は店内の人口密度もかなり高い。
光太郎くんと、私が来る時にはあまり見掛けたことのなかったもう1人のスタッフも、忙しそうにフロアとカウンターを行き来している。
改めてそっと店内を見回してみたけれど、彩也子さんは来ていないようで、ホッとした。
「樹くん、10年ぶりに偶然再会した中学の時のクラスメイトなんですよ。飲みに行こうって誘われて、行ってみたいお店があるってついて来てみたらまさかのここだったんです。完全に不可抗力です!」
アプリコットフィズを勢いよく煽ってから、私もグイッと比呂さんに顔を寄せてさっきの質問にそう答えれば、
「……はぁ、それはそれは……。で、結局恭加さんとはどうなってんの?」
ため息をこぼした比呂さんが、注文を捌く手は止めないまま今度は真剣な表情でもう一度聞いてくる。



