「ーーおい、マッチ。お前なぁ、久々に顔見せたと思ったら、何で他の男と二人連れだよ⁉︎しかも何か垢抜けてるし!恭加さんはどうした、もう帰って来てんだろ⁉︎あれからどうなったんだよ⁉︎」
乾杯して早々仕事関係の連絡が入ったらしい樹くんが、ちょっとごめん、と席を外して外に出た瞬間、こちらに凄い勢いで身を乗り出して来た比呂さんに、私は一気に捲し立てられた。でもその勢いに反して声は当然抑えられている。
ーーそう。樹くんが行ってみたいと言ったお店は何と、比呂さんのバーだったのだ。
何となく、嫌な予感はしていた。
電車に乗って降りた駅が、このバーのある最寄駅で。そこから樹くんについて行けば、通り過ぎる景色もどうにも見慣れたもので。
その時点であれ?いや、まさか、まさかね、なんてその予感を否定してみたものの、「ここなんだ」と、到着したお店のドアを樹くんがレディファーストで開けてくれた時。
切れ長の瞳を見開いたカウンターの中の比呂さんとばっちり目が合ってしまった瞬間に、私はいよいよ観念した。
……ああ、やっぱりそうだったのか、私は今日、ここで樹くんとあの苦い思い出話をしなくちゃならないのか、と。
どうしたって顔見知りに積極的に聞かれたい話ではない。
でも今更他の店にしようとも言えないし、このあともう1軒誘ってその時に、っていうのもなかなかハードルが高いし……。
それに、ここへ来るのはここで彩也子さんに出会って和泉さんへの気持ちを自覚して、でもすっかり自信を喪失して逃げるように帰ったあの日以来だ。
だから若干気まずくもあるのだが、もうここまで来てしまったら仕方がない……!
そう腹を括って、せめてテーブル席が空いてますようにと祈りながら一歩を踏み出せば、
『……はぁ、ようやく顔出したな?いつもの席空いて……』
『あれ?深町、ひょっとしてここ、来たことある?』
ため息混じりに言い掛けた比呂さんが、そう言って私のあとから入って来た樹くんを見るなり怪訝な表情になって、言葉の終着点を見失った。



