ーー突然の出来事に、未だ上手く機能していない頭の片隅でふと思う。

……ああ私、意外と平気だったな、と。

いや、驚きはした。驚きはしたんだけれど、今私の心を占める感情に、不思議と負の感情は混ざっていなかった。




"深町って、お前のこと好きらしいぜ!"

"で、どうなの?樹くんは、地味子に告白されたらどうするんですか⁉︎"

"あり得ないからっ!"

"えー、樹くんひどーい!キャハハ……"



あの場面を、私が教室のドアの向こうから目撃していたことを、樹くんは知らない。


"深町、"


だけどその次の日、休み時間に自分の席で読書に耽っていた私に樹くんがいつものように話し掛けて来た時には、ビクッ!と大袈裟なくらいに肩が跳ねてしまった。

あの状況から、もう話し掛けられることはないと、そう思っていたから。


動揺しながらも恐る恐る顔を上げて本の世界から現実へと意識を戻した時、ふいに耳に飛び込んできたのは、聞こえよがしに囁かれる揶揄いの声。

その声の主たちは、みゆきちゃんを含むあの教室にいたメンバーで。

その時までは本に夢中で周りの雑音なんて全く気にならなかったのに、ひとたびその声を耳に入れてしまえばもう恥ずかしくて居た堪れなくて。

気がつけば、私は教室を飛び出していた。

もうこれ以上樹くんにも、心無い周りの声にも、傷つけられたくなかったから。


ーーそしてそれ以来、私は樹くんの気配を感じると避けるようになった。


だからたまに樹くんから何かもの言いたげな視線を感じることはあっても、樹くんが私に直接声を掛けてくることはもうなかったし、3年でクラスが別れ高校も別々となったため、卒業を機に会うことも全くなかった。なのに。


ーーまさか、10年ぶりにこんなところで再会してしまうとは……。


あれは、間違いなく今の私を形成するに至った大きな出来事で。何年経っても、埃をかぶってもなおずっと心の隅に存在し続けていた苦い思い出で。

なのに彼を前にしても、あの頃のやるせない気持ちだとかチリチリとした胸の痛みだとか、そういうのを思い出して悲しくなることはなかった。