もうすぐ、春ですね。
桜の蕾がだんだん、膨らんできている様子を、あたしは放課後の教室から見ていた。
そんなとき、ドタドタと足音。
「あっ、いたいた! 世子せんぱーいっ」
その声の持ち主は。
「浅田くん!?」
浅田陽治と書いて、アサダ、ヨウジ。
一年下の後輩くん。
なんで、あたしがこの子と仲がいいかというと。
「もー、先輩が部活辞めてから、オレ、すっーごい寂しいんですからね!?」
そう。
同じ部活、だったの。
うちの学校の弱小テニス部の。
だったっていう過去形。
三年生は、夏に引退する決まりだから。
それはこのあたし、妃海(ひうみ)世子(よこ)にだって通用するルール。
「ばーか。引退してから半年も経ってんだけど!」
「いくら経ってても、オレは、いーやっ」
ほんと、おばか。
浅田ってさ、寂しがり屋っていうか、子犬みたい。
うるうるのおっきな瞳してるし。
あたしを見かけたら、すぐに走ってくる。
まるで尻尾をぶんぶん振って、寄ってくるワンコ。
かーわいー、けど。
男子なんだよね……?
「はいはい、で、何?」
「まだ靴箱に先輩の靴あったからさぁ、帰ってないと思って探してた」
「お前はストーカーかっ!!」
「ひええ、純粋な先輩を慕う気持ちですぅ」
「まー、よし。では、きみの憧れの妃海世子が許してやろう」
「ははーっ、ありがたき、幸せ」
「で、何なのよ。よーけんは?」
「あ、えっと……」
ん?
「早く言いなさいよ、もう」
「あのさ、先輩」
「なに?」
「もーすぐ、卒業、だよね?」
そーですけど。
何か?
「卒業したらいなくなっちゃうんだよね?」
そりゃそうでしょーが。
「オレさ、やっぱ寂しいです」
こんにゃろー。
「だから」
「え?」
ワンコはあたしの目をじっと見つめて、お願いしてきた。
「先輩の残りの一ヶ月、オレにくださいっ!!」