◇水嶺のフィラメント◇

 そんなレインが天使でないことに、アンはアンで驚きながら、恥ずかしそうに自分の名を告げた。

『ア、アンチェルヌ=レーゲン=ナフィルでしゅ』

『アンシェルヌ……ステキな名前だね』

 幼いアンはサ行の発音がまだ上手く出来なかった。

 それにいち早く気付いたレインは、アンの正式な名をちゃんと分かってくれた。

『あ、ありがと……レ、イン』

 名前を褒められたことが、よっぽど嬉しかったのだろう。アンはすっかり泣きやんで、吸い寄せられるようにレインの元へ歩み寄った。

 五歳に近いレインは、もちろんアンより背が高い。格子越しに腕を伸ばして、見上げるアンの頬を(ぬぐ)ってやった。

 その頬が赤く上気していたのは泣いた所為なのか、とある感情がアンの中に芽生えたからなのかは分からない。

『キレイなコップだね。キミがココまで持ってきたの?』

 レインもさすがにそのグラスの大きさには違和感を(いだ)いていた。

『んんん。これは、えっと~』

 あの影は一体誰であったのか? そもそも人であったのか? 色は暗くとも、もしやあの人こそが天使ではなかったのか?

 こんな素敵な出逢いをくれたのだから……アンは沢山のことを考えすぎて、何も説明が出来なかった。