◇水嶺のフィラメント◇

 というのも大勢での移動はどうしても目立ってしまうからだ。

 計画通りであれば、既にパニとフォルテはパン屋の入り口から親子と装って、大量のパンを抱えて出ていった筈である。実際にはパンと見せかけた旅の荷物であるが。

 小一時間もすれば陽が暮れるので、店主が友人と酒場へ出掛ける振りをして、残りの侍従と出ていく予定だ。

 そちらは大して搬送出来そうもないので、ルーポワへの往復十名分という大荷物の殆どは、屋根裏部屋に置いていかざるを得ない。が、それも店主への謝礼と思えば安いものだ。

「はぁ~! この終わりのない騒音に、そろそろあたいの気も狂いそうだわ。これが風車小屋だったら、風が止まれば静かになるのに~」

 徐々に赤みを含んだ光の差し込む水車小屋で、メティアは両掌を耳に押し付け、とうとう弱音を吐き出した。

「静かになったらこうしてお喋りも出来ないでしょ? 音の波長も一定であるのだから、子守歌と思えば心地良いじゃない。小麦の挽かれた匂いも(かぐわ)しいし、音のない屋根裏部屋に比べたら天国だわ」

 対してアンは地べたに腰を下ろし、抱えた膝に乗せた小首を(かし)げて、メティアにニッコリ笑ってみせた。

「辛抱強いお姫サマだこと。だからってそんな硬い板っぺらにしゃがみ込んでたら、そのうち尻が痛くなっちまうよ。ほれ、その袋に腰掛けな。少しはマシだ」

 そう助言するメティアはと言えば、三段に積まれた麻袋にドッカリと腰を据えている。

 おまけに一袋を壁に立て掛けて、背もたれまで(しつら)えるなどやりたい放題だ。