物心つく遥か昔に天に召された自分の母を、アンはこれほど近くに感じたことはなかった。

 そして死する可能性を胸に秘めつつ病弱な身体をおしてまで、自分を産んでくれたことに感謝の想いしか見つからない。

「十三年前に息子を得て、クレネも私もその言葉の意味を痛感したものだったよ。渓谷の場所を悟られぬよう、私を除いた山の民は渓谷から外へは一切出ない。その分若い時期は旅をさせて、世の見聞を広めさせるのだ。その間会えないのはとても寂しいことだが……風を継承する者には旅する民たちの動向を見守る力がある。それを今回もクレネが感じ取って、私が此処へ駆けつけた訳だが……残念ながら何歩も遅すぎた」

 スウルムは首を反らし、自身の息子パニ、メティアとリーフを熱い眼差しで見詰めた。

 数秒して再びアンに顔を戻したが、その視線はアンの瞳に戻ることなく、贖罪(しょくざい)を持って手元の砂を見下ろした。

 何歩も遅かったのは、きっとレインのことを意味しているのだろう。

 しかしスウルムがあと数時間でも早く到着していたら、レインの運命は変わっていたのだろうか?