◇水嶺のフィラメント◇

「さぁな、そんなものは知らん。だがこれがご主人様のご命令なのでね。悪いが死んでもらうぞ、小僧!」

 もう一本のナイフを懐から取り出した影は、両刀の構えで頭上から飛び降りてきた。

 パニは頭を覆う義髪を手にし、落ちてきた影に投げつけながら坑道の方向へ身を退()く。

 長い黒髪がナイフに斬り裂かれ、散り散りになって風に流れる。

 背後では捕まえた枝からどうにか戻ってきたリーフが、手首からの出血で意識朦朧とする大男の身体を幹に縛りつけている。

 一人分の道幅しかない崖路では、一人ずつでの攻撃がやっとだ。

 先頭の闘いでは影の後ろに回れなかったため、ほぼ兵士一人での格闘が続いているし、先程襲いかかった影は崖から這い上がった兵士を加えて前後に二人を相手にしているが、両刀を見事に操ってなかなか(ふところ)に寄せつけなかった。

 敵もこの狭さを(かんが)みて、敢えて長い剣ではなく、扱いやすい短剣(ナイフ)を選んだのだろう。