「千隼くん…」


千隼くんの言葉は柔らかくて、でも力強くて、そしてなにより温かかった。


「近しい人を亡くした人にしか分からない痛みがあって、俺にはそれが分かる。もしツラくなったらいつでも話聞くから。自分を否定したり下げたりするなよ」


千隼くんとは同じ痛みが分かる…か。


初めて出会ったなぁ…そんな人…。


それに、こんなに重たい話を出会って間もないのにできるって奇跡に近いよね。


「へへっ。ありがとね、千隼くん」


今日一日でキョリがぐんっと縮まったような気がする。


「あ、でもね、自分を否定したり下げたりするなって、千隼くんもだからね?」


千隼くんには自信を持って甲子園を目指してほしい。


千隼くんなら絶対大丈夫。 


根拠はないけどそう思うんだ。


「…今までも甲子園を目指してきたつもりだった。それが義務なんだって感じてた。

でも、俺の本心は“甲子園なんてクソ食らえ”だった。

けど、千紘と話して、気持ちが変わった」


千隼くんの表情は明るかった。


さっきまでの陰りのある表情じゃなくて、何かを吹っ切ったような清々しい表情。


「自分の意志で甲子園を目指す。千紘を甲子園に連れていく」


「千隼くん…」


「約束する。一緒に甲子園に行こう」


ん、と突き出された右手の小指。


ゴツゴツしているその手は、たくさん球を握った証だ。


「約束だよ、千隼くん」





土砂降りの雨の日、私たちは約束を交わした。

それはまるで土砂降りの未来を示すような雨だった。

だけどこの時の私たちは何も気づかなかった。

運命の歯車はもうすでに狂い始めていることにも―。