「構わぬ、面を上げよ」
 
 そう促されて、畳に平伏した身体をゆっくりと起こした。
 
 真田左衛門佐幸村を、間近で見るのは初めてだった。
 齢は五十に届く頃の筈だが、両の鬢に白いものが混じる程度で、歳の衰えを感じさせる気配は微塵もない。

 幸村は、翳りの濃い風貌と、沈深とした光を瞳に湛える、深山の湖のような男だった。

「楓と申しまする」

 夜伽を仰せつかり、罷り越しました。
 その当たり前の口上を述べるだけで、喉がひりつくような感覚に襲われる。

 こんな事は初めてだった。

 気圧されている。

 幸村の瞳に見つめられると、心の裏側まで見透かされるように感じてしまう。
 
 糸も揺らさぬ平静を保ってはいる。
 が、そう思っているのは自分だけなのではないか。

 雑念を振り払うように、口を開いた。

「お情けを、頂戴致しとうございます」

「楓、歳は幾つだ?」

 不意に問われて、内腑がせり上がりそうになった。

「二十一に、なりましてございます」

 幸村は微かな嘆息の後、優しげな声で、

「不憫なことよの……」

 そっと片膝を付き、包込むように抱き寄せてくる。

 その意外な暖かさに、戸惑った。