私と瀬戸くんは3年間同じクラスだった。
とは言っても特別仲が良かったわけではない。

たまに話すことはあっても、みんなの輪の中で話すか、何か用事がある時くらいだった。


でもひとつだけ、特別な思い出があった。

高校2年生の文化祭。
私たちは同じ風紀委員会で文化祭後の後片付けを任されていた。

それまであまり話したことがなかった瀬戸くんと2人きりになると、急に意識してしまってなんだかすこし気恥ずかしかったのを覚えている。


2人とも黙々と無言で後片付けに取り組んでいたとき、瀬戸くんが口を開いた。

「そういえば一ノ瀬さん、一年生の時も同じクラスだったよね?」

瀬戸くんは看板を外している手元を見たままそう聞いてきた。

「うん!覚えててくれたんだ!」

私は瀬戸くんが声をかけてくれたことにびっくりして、飾り付けを外す手を止めて答えた。

一年生の時も確かに同じクラスだったが、話したことは一度もなかった。
それに私は目立つタイプでもなかったから、まさか覚えててもらえるとは思わなかった。

「そりゃあ覚えてるよ。逆に一ノ瀬さんも覚えててくれたんだ?」

「当たり前だよ!瀬戸くんピアノ上手で有名人だもん!」

次は瀬戸くんの顔を見て言った。

ピアノが上手で有名なのはもちろん、容姿も整っていて、誰にでも優しく女子からの人気も高かった。
そんな瀬戸くんを覚えていないはずがない。

わたしも密かに目で追っていた。なんて、口が裂けても言えないけれど。

「あはは、ありがとう」

瀬戸くんが私の顔を見て微笑んだ。
その笑顔がなんだかキラキラしていて、私は急に恥ずかしくなってさっと目を逸らしてしまった。

日が落ちててよかった。多分私は顔が赤くなっていたと思う。

私たちの間に再び沈黙が流れる。

あまり男の子と話し慣れていない私は、何を話したらいいのか分からなかった。
何か話そうと話題を探していると、先に瀬戸くんの口が開いた。

「あ、そうだ、ピアノ聴く?」

「へ?」

あまりに突然の瀬戸くんの提案に変な返事をしてしまった。

「でも片付け、」

「後でやればいいよ!ほら!音楽室行こ!」

そういうと、にっと笑って瀬戸くんは教室を飛び出した

「えっ、ちょっとまって!」

私も急いで手に持っていた装飾品を置いて瀬戸くんを追いかける。

思ってたより瀬戸くんの足は早く、私が教室を出た頃には姿が見当たらなかった。

だけど、なんだかこの非日常的な出来事と、何かが始まりそうな感覚にわくわくして、胸が高鳴った。

私も走って音楽室に向かっていると、ピアノの音が聴こえてきた。

「綺麗な音、、、」

私は走るのをやめて、足音をあまり立てずにゆっくりと音楽室に向かった。

上がっていた息を整える。

どこか懐かしいような、聴いたことのあるような旋律が静かな校内に響き渡る。

1番最後の音を聴き終え、私は音楽室に入った。

「一ノ瀬さん足遅いね?」

ピアノの前に座る瀬戸くんが音楽室に入った私に向かって言う。

「瀬戸くんのピアノ聴いてたら遅くなっちゃった」

「なにそれ」

瀬戸くんはまたにっと笑った。

「じゃあもう一曲」

そういうと瀬戸くんは真剣な表情に変わり、鍵盤に手を置いた。
そして、聴き覚えのある前奏を弾き始めた。

私の高校で毎年、卒業式に歌う合唱曲だった。