「ねぇ。」
私は気づいたら声が出ていた。
「一緒に、帰らない?」
瀬戸くんは驚いて目を見開く。
「質問の代わりに、お願い。」
そう言うと瀬戸くんは微笑んで答えた。
「うん。一緒に帰ろう。」
私たちは今日まで放課後に練習をしていても一緒に帰ったことはなかった。
一緒に帰って、噂が立ったら迷惑だろうと、瀬戸くんが気を遣ってくれていたのだ。
初めの頃は瀬戸くんと2人でいると女の子たちから色々話を聞かれたり、時には噂を流されることもあったけど、卒業式の練習が本格的に始まってからは誰も私たちのことを、特に気にしなくなっていた。
それでもわざわざ2人で帰る理由もなく、音楽室に集合して音楽室で別れていた。
だから一緒に帰るのは初めてだった。
2人で並んで歩くのは不思議な感じだ。
「音楽室じゃない場所で一ノ瀬さんと一緒にいるのなんだか不思議な感じ。」
「私も同じこと思ってた。」
「一ノ瀬さん、俺と帰るのとかいやかと思ってた。」
「え?なんで?」
「いやだって、その、一ノ瀬さん可愛いし、俺と帰って噂とかになったら申し訳なくて、」
思いがけない「可愛い」という言葉に顔が熱くなって、自分の足元を見た
「それは私の方だよ、瀬戸くんかっこいいし私なんかが一緒にいるの申し訳なくて、」
そう言って瀬戸くんの方を向くと瀬戸くんは顔を手で覆っている
「ちょっとこっち見ないで」
「え?」
「いや、そんなこと言われたら照れるから」
そっと瀬戸くんの顔を覗くと真っ赤だった
その顔を見て私まで真っ赤になった
「お互い様じゃん」
私は瀬戸くんから目を逸らして言った
「俺さ、やっぱ一ノ瀬さんに指揮者頼んでよかったよ」
「私も指揮者できてよかった、って、まだ本番明日だけどね」
そう言って笑うと瀬戸くんも「ほんとだ」と笑う
「あ。」
瀬戸くんが上を見上げた。
「見て、桜!」
上を見上げるとこの前まで蕾だった桜の花びらが開いていた。
「本当だ!咲いたね。」
2人で桜の木を見上げる。
この時間がずっと続いて欲しい。
切実にそう思った。
駅に着いて反対方向の電車に乗る。
「じゃあまた明日!」
そう言って瀬戸くんが手を振る。
「うん、また明日!」
私も手を振り返す。
これが最後のまた明日。
