最後の質問

高校生活を振り返る。
楽しい思い出が沢山よみがえる中で、あの日の思い出がぱっと思い浮かんだ。

「文化祭、2年生の」
私はそっとつぶやいた。

「なにやったっけ出し物」

「お化け屋敷、だけど、そうじゃなくて」

私が続けて言おうとすると、瀬戸くんが先に答えた。

「後片付け?」

「そう。その時に瀬戸くんがピアノ聴かせてくれたのすごい覚えてる。」

「そっか。嬉しいな、覚えててくれて。」

瀬戸くんは照れ臭そうに笑った。
3月とはいえ日が早い。夏の文化祭後のあの時くらい日が落ちていて、夕日が音楽室に差し込み、瀬戸くんの顔を照らしていた。

少しの沈黙もなんだか懐かしい。

「俺もあの日のことは思い出に残ってるな。」

そう言って瀬戸くんは私を見た。
瀬戸くんの顔が少し、赤くなっていたような気がしたけれど、夕日のせいかもしれない。


「じゃあ次、一ノ瀬さんの質問!」

瀬戸くんは切り替えるようにそう言った。

私は少し考えて口を開く。

「どうしてあの日、私にピアノを聴かせてくれたの?」

そうすると瀬戸くんはピアノに目を移して答えた。

「一ノ瀬さんに聞いて欲しかったんだ、ピアノ。」

「私に?」

瀬戸くんは小さく頷く。

「俺入学式の日の放課後、音楽室でピアノ弾いてたんだ。次の日にそれを聴いてた女の子が「綺麗な音」って言ってるの聞いて嬉しくて、後からそれが一ノ瀬さんて分かって。」



「あの時のピアノ、瀬戸くんだったんだ。」



よく覚えている。


よく晴れていた、入学式の日だった。

入学式が終わって、昇降口を出て帰る時、教室に忘れ物をしたことに気づいた。
教室まで走って取りに行く途中、ピアノの音が聞こえてきた。

吸い寄せられるように音楽室の前に行くと扉は閉まっていて、でも心地よい綺麗な音と美しい旋律が響いていた。

扉を開ける勇気はなくて、ただずっと扉の前でピアノの音を聴いていた。

今思えば、あの日、あの時、恋に落ちていたのかもしれない。

忘れ物を取りに行ったはずなのに、ピアノに聴き惚れているうちに何をしにきたのか忘れてしまいそのまま家に帰った。

次の日友達に、音楽室から綺麗なピアノの音が聞こえて聞き惚れてたら忘れ物のことをすっかり忘れてしまった話をして笑われたっけ。


「だから、聴いて欲しくてさ」

そう言って瀬戸くんは私を見て微笑んだ。

「そうだったんだ、聴けてよかった。」

私も瀬戸くんに微笑み返す。

「なんか照れるな、じゃあ、練習始めよっか。」

そう言って、今日も音楽室に綺麗なピアノの音が響き渡った。

初めは手元を見てカウントを取るので精一杯だった指揮も、今では瀬戸くんを見て振れるようになった。

全体練習でも、先生から今年はピアノと指揮がぴったりだなと褒められたほどだった。


放課後に毎日練習した甲斐があったし、瀬戸くんと過ごす時間は楽しかった。