海であなたが救ってくれました

「由稀人くんは、どうして潜水士になったの?」


 頭に浮かんだ素朴な疑問を投げかけてみる。
 すると彼は口の中のピザを素早く飲み込んで、私の問いかけに答えた。


「高校生のころ、海で溺れてる子どもを助けたことがあったんだ。昔から泳ぎが得意だったし、それを活かせる職に就こうと思った。ひとつでも事故を防ぎたくて」

「すごいね。私は泳げないもんなぁ」

「そっか。じゃあ……海では気をつけて。波にさらわれないように」


 軽く雑談をしていたつもりなのに、話が私たちの出会いの場面を想起させる方向になる。
 丈治との消し去りたい記憶まで頭に浮かんでしまい、自然と溜め息が漏れた。


「海ならさらわれてもいいかな。このまま生きていても、いいことなんかなにもないし」

「それ、本気で言ってる? 怒るよ?」


 由稀人くんの顔からやわらかい笑みが消え、部屋にはピリッとした空気が流れる。
 彼は潜水士として、投げやりな私の発言に腹が立ったのだろう。


「ごめんなさい」


 謝りの言葉を述べると、彼は小さく首を横に振った。


「“袖振り合うも多生の縁”って言うし、なにがあったか話してよ。嫌なら無理には聞かないけど」


 彼に癒し系の笑みが戻り、そのことにホッとする自分がいた。
 今だけはこの人に私の味方でいてほしい。怒らせてそっぽを向かれたくない。