囚われの令嬢と仮面の男

 私は呆れて息をつく。犯人への恋心を、自己防衛から生じる思い込みだと言われても仕方ないのだが、そもそも彼とは出会いから違っている。

 エイブラムは野蛮な誘拐犯じゃない。幼馴染であり、憧れを抱いた男性だ。

 けれどお父様がいる手前、彼が死んだはずの幼馴染だったと告げられずにいた。

 およそ十七日ぶりに屋敷の門をくぐったのは、一昨日のことだ。

 使用人の手を取り、馬車から降りた私を家族が出迎えてくれた。お父様も一緒だった。

「本当に良かった、姉様」

 妹のクリスティーナが目に涙をためながら私へと抱きついた。

「きっと神様に祈りが通じたんだわ」とお母様も嬉しそうに泣いて、妹ごと私を抱きしめてくれた。

「無事で何よりです」

 弟のアレックスも稀に見せる笑顔で私との再会を喜んでいた。

 私は、私ひとりがいなくなったところでこの屋敷は変わらない、お父様以外だれも心配なんてしない、とどこかで思い込んでいた。私は出来そこないで、そもそも母親が違うから仕方ないという諦めもあった。

 ーー『そんなに完璧じゃないといけないのか?』

 ふいにエイブラムに言われた言葉を思い出した。