男が座るベッドへ行き、枕元に置いたままの本を持ち上げた。そのまま壁に背中をつけてベッドの上に座る。立てた膝に本を置き、続きを開いた。

 相変わらず男からの視線を感じるが、構わず無視をする。

「俺の前でずいぶん寛ぐようになったんだな」

「だってあなた、私が大人しくしていれば何もしないんでしょ。そう言ったわ」

「それは、そうだが……」

 続ける言葉が見つからないのか、男はまごつき、少しだけ無言になった。

「怖く……ないのか?」

「そうね。怪我の治療までさせちゃったし。あなたは怖くないわ」

 パラリとページを繰る音が響く。

「……そうか」

 わずかにベッドが軋み、隣りにあった存在感が消える。そのままテーブルへ歩く男の背をチラ見して、帰るのかなと思った。

 すると陶器どうしが擦れ合う音がして、さっきまで私が使っていた食器を片付けはじめた。見ているだけなのが忍びなく、私も手伝うことにする。

 男が立ち去るとき、新しい本を持ってくるように頼んでおいた。夕方来るころには読み終わっているからだ。

「じゃあ。また六時に来る」

 男はミルク瓶を含む割れ物一式を抱えて、部屋をあとにした。

 ***