囚われの令嬢と仮面の男

 男がすぐさま鍵を掛けるようなら陶器のカケラを使って脅し、その隙に部屋を出る。でももし、そのままテーブルかベッドに向かうようなら、凶器は使わずに部屋を飛び出す。

 正直なところ、足には自信があった。

 この建物から外に出られたら、誰でもいい、通行人に頼んで家まで送ってもらおう。

 あの男はそこまで悪人には見えないけれど、事情もなにも話してくれないし、家にも帰れないなんて、あまりにも理不尽だ。

 もちろん、名目上は誘拐なので仕方がないのはわかっている。

 懐中時計を確認し、男が来る九時を今か今かと待った。長針が数分前になったとき、時計をベッドの上に放置して扉の裏側になる場所に立った。

 カンカン、と靴音が聞こえた。

 平坦な床を歩いている足音じゃない。階段を降りてくるそれだ。

 来る、と思い、即座に息を詰めた。自然と脈が早まるのを感じた。まるで体全体が心臓になったみたいだ。

 扉一枚隔てた場所に男が立っている。こちらの気配を悟られぬよう、音に集中して神経を張り詰める。体を硬直させて鍵があくのを待った。

 金属音が擦れる音がし、扉が内側に開いた。

「おい、まだ寝てるのか?」