どうやら小説らしい。それも恋愛小説。

 貧乏で身分の低い女性主人公が、貴族の男性と結ばれるというストーリーで、いかにも私が好みそうな内容だった。王道だけど、それが面白い。

 最初のページに目を走らせながら、ミルク瓶に口をつける。食事をしながら本を読むなんて行儀が悪い、マーサがここにいたら間違いなく注意を受けていただろう。

 数ページ読み進めたところで本を閉じ、私はあの男のことを考えた。

 あの仮面の男は私に関する情報を誰から得たのだろう。

 私が恋愛小説を読むことなんて、あの屋敷の中でもごく一部の、限られた人間しか知らないはずだ。

 それに私で間違いないと断言したあの言葉……。

 ーー『ローダーデイル伯爵の、ノエル・ラ・ミューレンが溺愛する娘がマリーンお嬢様だ』

 こうは決めつけたくないけれど、ミューレン家の屋敷(なか)にあの男の共犯者がいるのではないか。男に誘拐を依頼した人物が。

 空腹が満たされ、立ち上がる。なんとなくあの男が置いていった衣類を確認してみたくなった。