囚われの令嬢と仮面の男

 彼女の手には先ほど見つけた柄の長い剪定鋏が握られていた。その刃先からは黒い液体が滴り、顔や体にはべったりと返り血らしきものが付いていた。

「生垣を切ったのは……あなた?」

「はい」

 なんのためにそうしたのかは、聞かなかった。お父様の今の状況を思えば、聞けないと思った。

「申し訳ありませんでした」とマーサが肩を落として呟いた。

「お嬢様を助けるためとは言え、旦那様にこのような仕打ちを……」

「マーサ……」

「けれど。この男は昔……っ、私の、たったひとりの弟を」

「わかってるっ、わかってるから」

「……え?」

 鋏の柄をギュッと握りしめたマーサの手から、フッと力が抜ける。彼女が私を見つめた。

「エイブラムに……っ。聞いたから」

 両目からこぼれ落ちる涙を拭えず、私はグス、と洟をすすった。

「お父様っ、お父様っ?」

 泣きながら耳元に声を掛けるけれど、お父様はうつ伏せに倒れたままで、全く反応が見られない。傷口を圧迫したことで多少なりとも出血はマシになっているようだが、もはや手遅れかもしれない。

「お父様ぁ……っ」

 再度、嗚咽がもれた。

 やがて通用口のほうからノブを回す音が聞こえた。ギィ、と扉が開き、アレックスが顔を覗かせる。