『竜の聖女の刻印』が現れたので、浮気性のあなたとはこれでお終いですね!

 
「ええ、祈りを捧げさせてもらいます」
「わぁ!」

 大気の魔力の流れ、動きが完全に止まった。
 おそらく、私が聖女になって最初にやった水晶柱の機能が停止している。
 魔力供給が絶たれているのだ。
 おかしい。
 私が半日竜の塔を空けた程度では、水晶柱の魔力供給は止まらないはず。
 刻印と連動している水晶柱は、ヴォルティス様の魔力を常に放出し続ける。
 それは王都の紫水晶も同じ。
 すべてこの刻印と、ヴォルティス様が繋がっているおかげ。
 刻印があるからこそ、この国はヴォルティス様の魔力を享受できる。
 でも、こうして刻印が健在だというのに水晶柱の魔力が停止している——つまり、ヴォルティス様がご自身の力で魔力供給を止めておられるんだわ……!

「ヴォルティス様」

 祭壇の前に膝をつき、両手を組んで祈る。
 刻印よ、私の無事をヴォルティス様に伝えて——。
 ヴォルティス様、私は無事です。
 どうか怒りを鎮めて、魔力供給を再開してください。

『ならぬ』
「! ヴォルティス様……!」

 目を閉じたまま、頭に直接聞こえてきた声。
 怒りに満ちたその声に、私の願いは否定される。

『レイシェアラ、我が聖女。我と対話せしめた、愛しき娘。お前は我の数百年の孤独を癒してくれた。お前が危機に瀕し、戻らぬのなら我は——』
(ヴォルティス様、いいえ、いいえ! 私はあなたのもとへと戻ります! 必ず! ニコラスを納得させて、きっと帰りますから怒りを鎮めてください!)
『お前が戻らぬまで、我は怒りを抑えられぬ!』
(っ!)

 ラックがヴォルティス様のもとへ戻って、事情を聞いたのだろう。
 数百年の孤独。ヴォルティス様が強いられてきたそれは、私の目の前にあるあの壁画の出来事が原因。
 あの場所に封じられ、歴代聖女も姿を恐れて対話を避け続けていたという。
 人が側にいるのにずっと怯えられ続けるというのは、どれほど悲しいことなのだろうか。
 私はあなたを怖いと思ったことはないけれど、あなたはそれほどまでに私の存在を喜び、大切に思っていてくださったのですね。

「……わかりました、ヴォルティス様。私、今日中に必ず帰ります」
『レイシェアラ……』
「約束いたしますわ」

 祈りをやめて、立ち上がる。
 講堂の通路を振り返り、出入り口の扉を開き、ジータ様にお説教されていたニコラスの前へずかずかと進む。

「さあ! 私が洗脳されていない証拠をお見せします! 聖水を!」
「へ?」

 ジータ様は意味がわからないというお顔。
 詳しく聞いていないのかもしれない。
 しかし、ニコラスは本来の目的——私が洗脳されているから助ける——を思い出して立ち上がり、懐から十本の聖水の小瓶を取り出す。

「さあ! これだけあれば邪竜の洗脳も解けよう! 飲むのだレイシェアラ! それでお前は元の優しいレイシェアラに戻るだろう!」
「本当に素直に失礼な方ですね。まあいいでしょう。私は洗脳などされていませんから? 十本でも二十本でも飲みますよ」

 と、言ってその場でごくごく聖水を飲み干していく。
 一本、二本、三本……うえ、いくら祈りが込めれている以外はただの水とはいえ……五本を一気飲みし終えるとちょっとキツくなってくるわね。
 いえ、負けてはダメよレイシェアラ。
 ヴォルティス様のもとへ、今日中に帰るのよ。
 約束したのだから。

「ごくごくごくごく。……ごくごくごくごく」
「……そろそろ効いてきたか? レイシェアラ、どうだ? 邪竜の洗脳は解けたか?」
「ごくごくごくごく。……ごくごくごくごく。……うっぷ……これで最後ですね。……ごくごくごくごく」

 最後の一本を飲み下す。
 そもそも、呪いや洗脳は聖水一本で十分。
 十本も飲む必要はない。
 けれど、それでニコラスが納得するのなら飲み干して見せますとも!

「ぷはっ! ……さあ、飲みましたよ。これで私が洗脳されていないとわかりましたか」
「ということは、まだ邪竜のところへ帰りたいというのか!?」
「ヴォルティス様は邪竜などではありません! 見た目が恐ろしいからと決めつけないでください!」
「レイシェアラ! 竜王はこの大陸を壊滅寸前にした化け物だぞ! 聖女は最後、食い殺されるのだ! このままでは、お前も邪竜に食い殺されてしまう!」
「わかりました、そこまでおっしゃるのなら、ヴォルティス様はそのようなことしないと見せて差し上げます! 私を竜の塔へお返しください!」
「むむむ!?」

 そうだ、それなら見せればいいのだ。
 ヴォルティス様はそんなことしないのだと。
 それがこのアホを納得させ、理解させる正しい方法。
 ベティ様をちらりと見ると、コクコクと頷く。
 このアホには、話しても無駄!
 真実をその目に見せるしかない!

「ニコラス殿下! 行ってみましょうよー! 万が一レイシェアラ様が危なくなったら、勇者の末裔のニコラス殿下が助けに入ればいいんですからー!」
「む、むむむ……そ、そうか。それもそうだな! レイシェアラを守れるのは私だけだな!」
「そーですそーですぅ!」
「では早速参りましょう!」
「え! 今すぐですかぁ!? 雨が上がってからでもよくないですかぁ!?」

 ベティ様は着替えたばかり。
 そうね、またこの雨の中を通ったら、ずぶ濡れね。

「[聖防御盾]!」
「わっ!」
「これの下に入ってください。そうすれば濡れません」
「なるほどー!」
「……そ、それでは我が家の馬を貸し出します」
「ジータ様! よろしいのですか?」
「はい。何度もお世話になったレイシェアラ様が、我が家でずっと信仰してきた聖女様なのです。なんでもお申しつけください」
「ジータ様……」

 どう見ても、大変な状況だろうに。

「ありがとうございます!」
「どうぞご武運を」

 ヴォルティス様、今、帰ります!