『竜の聖女の刻印』が現れたので、浮気性のあなたとはこれでお終いですね!

 
 地図上でしかその名を見たことがなかったけれど、これほど悲惨な状況だなんて。
 建物はほぼ残骸。
 村にも劣る人気のなさ。
 そこに手入れのまるでされていない領主貴族の屋敷。
 私とベティ様をやつれたメイドに任せて、ジータ様はニコラスの対応を行う。
 婚約破棄は成立し、シュレ公爵家や王家が後ろ盾となり再建に手を貸すと聞いていたけれど、現状を見る限りシルドールは改善している様子はない。
 やはり圧倒的に魔力が足りていないんだわ。

「濡れた服をこちらへ。今湯と着替えをお持ちします」
「よろしくお願いしまーす!」
「あの、ベティ様……」
「まぁまぁ! ひとまずニコラス殿下のやりたいようにやらせましょー! 一通り色々試してレイシェアラ様が洗脳されてないってわかれば、解放してもらえますよ!」
「そう、ですわね……」

 ベティ様、是非このままニコラス専門家として手綱を握っていてくださらないかしら、一生。

「おお……なんということだ。聖女様が我が家に……!」
「え、ええとこちらは?」
「両親です。そうですわ、レイシェアラ様。どうか我が家の講堂で、祈りを捧げてくださいませんか? その、我が家は聖女を信仰しておりまして……部屋はどこも掃除が行き届いていなくて、とても聖女様をご案内できる状態ではなくてっ。講堂でしたら、毎朝わたくしが掃除しているので……っ」
「!」

 講堂……!
 講堂なら広くてニコラスにベタベタしなくて済むわね。
 本館の地下に閉じ込められたら、無理に逃げることはできなくなるけど講堂は出入り口が他にもあるはず。
 ……人様の家だから、極力壁を破壊とかはやりたくないものね。

「では、その講堂で着替えさせていただきましょう、ベティ様」
「はぁーい!」
「ありがとうございます!」

 ジータ様とジータ様のご両親は、とても嬉しそうに講堂に案内してくれた。
 そこに広がった光景に、私は言葉を失う。
 想像以上に狭い部屋。
 祭壇が元々狭い部屋の中を圧迫し、よりこじんまりとさせている。
 実家の私の部屋よりも狭い……!
 けらど、それよりも——。

「あ、あの壁画は……」
「この地方は、初代勇者様の出身地と言われていて、あの壁画は勇者様が描いたモノだと言われています。本当かどうかは、誰もわかりませんが……初代勇者様が、故郷に降りかかる災いから民を守るために描いて残した、と伝わっています」

 信じられない。
 まさかこんなところで、王族の寝所で見た天井画とそっくりな壁画と遭遇するなんて。

「レイシェアラ様……?」
「……素晴らしいです。しばらく見せていただいてもいいですか?」
「はい! もちろん!」

 天井画ではわかなかった細かな部分までよくわかる。
 古画文字も、絵の細部も。
 特に古画文字を用いた魔法陣は、ヴォルティス様に魔法を教わった今、理解できる。
 でも、もしもこれが本当なら……ヴォルティス様をあの土地から解放することができるのでは?

「——!!」
「!? なに? なんか、空気が変わった……?」
「え? どうなさったんですか? レイシェアラ様、ベティ様」

 ジータ様はなにも感じなかったらしいが、ベティ様も感じたらしい。
 私も感じたわ。

「魔力の流れが止まりましたわ……」
「え? どぉーいうことですかぁ? レイシェアラ様ぁ」
「っ……まさか、ヴォルティス様……っ」
「待たせたな、レイシェアラ——」

 ガチャ、と音がするなり入ってきたのはニコラスである。
 なお、私とベティ様はまだびしょ濡れの姿。
 ニコラスの後ろからジータ様の家のメイドたちが、服やお湯を抱えて慌てた顔をしている。
 はい、いつもの人の話を聞いてないやつですね。
 なんて優しく言うと思ったか!

「きゃーーー! ニコラス様! レイシェアラ様とベティ様はまだお着替えが終わっておりません! 殿方は出て行ってくださいませ! 破廉恥ですわ!」
「ふごっ!」
「ジータ様っ」

 まさかの腹パンチ。
 ニコラスの後ろにいたメイドたちがよろけて転びそうよ、ジータ様!
 でもありがとう!

「みんな入って、早くレイシェアラ様たちをお着替えさせて。お風邪をひいてしまうわ」
「かしこまりました」
「ニコラス様はこちらへ!」
「うっぷ……ま、まて、ジータ……聖水を……」
「それ我が家の取り置きですわよね!? 勝手に持って行かないでくださいっていつも言っているではありませんか! 普通に盗難ですわよ! 元王太子が恥ずかしいとは思いませんの!」

 バタン!
 ……メイドたちが講堂に入り、反対にジータ様はニコラスを引きずって出て行く。
 ジータ様、あんな痩せ細ったお体のどこにあんな力が。
 そして聖水の“アテ”というのはジータ様の実家のことだったのね。
 確かに、講堂に祭壇まであり、こんな壁画を大切にし続けてきた信心深い一族の家ならば聖水はストックされているだろう。
 それを頼りに来るとは……情けない。

「? なにかしら?」
「あ、いえ、もしよければ聖女様が祈りを捧げているところを、見学できましたらと思いまして」

 濡れた服を脱ぎ、肌をお湯で拭いてもらい、用意された服を纏うとメイドたちも瞳を輝かせてそう言う。
 なるほど、家の者がみんな聖女を信仰しているのね。
 ……自分が信仰の対象になったと思うとこそばゆいものがある。
 けれど、新しく用意された服はヴォルティス様とベルが用意してくれた竜の塔の聖女の法衣とデザインがとても似ているわ。
 きっと聖女のための服なのだろう。
 壁画のもの——初代聖女の着ている服にそっくりだもの。