『竜の聖女の刻印』が現れたので、浮気性のあなたとはこれでお終いですね!

 
『主人様、お下がりください!』
『やっぱ話にならないにゃーん!』
「クライン、シロ! 殺さないでくださいね!」
『主人様はラックと共にご帰還を!』
「わ、わかりました。あとを頼みます!」

 だめだわ、やはり話が通じなかった。
 これ以上絡まれる前に移動しましょう。

「逃がさないぞ、レイシェアラ! 私はお前を邪竜から救う! [聖結界]!」
「!?」
『ヒヒン!? ヒィイイィン!』

 ラックに跨り、飛び立とうとした瞬間私の周囲を白い結界が取り囲む。
 忘れていたわけでは、ないはずだった。
 けれど、やはり心のどこかで侮っていたのだろう。
 ニコラス・ヴァイオレット第一王子は、無能なアホだ——と。
 いけないわ、レイシェアラ。
 この男は侮ってはいけない男よ。
 いかにアホでも、解釈のできない無能な耳を持っていても、それ以外は無駄に才能溢れる優秀な男!
 だからこそ陛下もお妃様も、「もう少し様子を見よう」とおっしゃったし私もなにかのきっかけでまともになるかもしれないと期待していた。
 人の話を理解するようになれば、彼の能力は王に相応しい。
 剣、魔法、自分に有利になるようコトを運ぶ頭の回転の速さ。
 どれも素晴らしいものと言わざるを得ない。
 欠如しているのは人の話を正しく理解する能力だけ。
 それに伴う人望のなさ。
 けれど、人の話をちゃんと理解できれば、人を思いやることはできるもの。
 その優しさが正しく使われれば、人望のあるよい王太子だっただろう。
 勇者の末裔としての、才能。

「くっ!」

 無詠唱での[聖結界]。
 そこからクラインとシロを一撃で引き裂く剣の腕。
 晶霊は倒されても一時的に姿が見えなくなるだけで、存在は召喚主の魔力で確立されるから死んではいない。
 けれど、あの子たちが一撃で倒されたのも、あの子たちの体が真っ二つにされたのも、私の心にはひどいショックを与えた。
 剣先が天馬のラックにも向けられているのを察して、慌てて地面に降りてニコラスの前に手を差し出す。

「守りの盾よ! [聖防御盾]!」
「!」

 ガン! と大きな音を立てて剣先を弾く。
『竜王の寵妃の刻印』のおかげで、これまでの私では到底出せなかった巨大で頑丈な盾が出現した。
 [聖防御盾]はニコラスの[聖結界]を突き破り、制空権を取り戻す。
 その隙に、振り返ってラックに命じる。

「ラック! ヴォルティス様のところへ!」
『ヒン、ヒヒィーーーン』

 たとえ言葉が通じなくても、召喚主の命令をきちんと理解してラックは飛び立った。
 今ここで、ラックまで一時的に失うわけにはいかない。
 一度倒された晶霊は二、三日経たなければ再召喚できないから。

「きゃあ!」
「可哀想に、レイシェアラ。すぐに邪竜の洗脳を解いてやろう」

 ラックを逃している間に、私のすぐ真横に来ていたニコラスが腕を掴んでくる。
 なにが恐ろしいって、この男は悪意でもなんでもなく、正義と善意のみのまるで曇りのない瞳で私を見下ろしているのだ。
 自分に非があるなんて、一片も思ってない。

「私は自分の意志でここに立っています。洗脳などされていません。すべてあなたの思い込みです」

 けれど、それなら全力で、真正面からあなたを否定する。
 私は私の正義と意志でここにいるのだから。
 私は——愛するヴォルティス様とこの国の民のために、『竜の聖女』として、そして『竜王の寵妃』として、ここに立っている。

「哀れな。ベティ、レイシェアラを屋敷に連れて行って、聖水をあるだけ買ってきてくれ。魔物からの洗脳はそれで解ける」
「は、はぁい。わかりましたぁ。……あの、でも殿下……」
「ん? ああ、そうか。子爵家の屋敷には君の母君もいるからな。レイシェアラを連れて行ったら、若さに嫉妬してしまうか」
「それも〜、なんですけどぉ……」
「なんだ? 言ってくれ、ベティ」
「聖水ってとってもお高いんです! お金、どうします?」
「あ」

 ……やはり冒険者としても上手くやれていないのね。
 人の話を聞けなければ依頼もまともに受けられないでしょうし、いくら実力があっても宝の持ち腐れ。
 それに、聖水を飲んでも私は洗脳などされていない。
 お金の無駄だわ。

「そうだ! 私にあてがある! ついてこい、ベティ!」
「え! さっすがニコラス殿下〜! レイシェアラ様、よかったですね! ニコラス殿下の言う通りにすれば、きっとすぐに洗脳なんかされてないって証明できますよ! ニコラス殿下は人の話あんまり聞かないですけど、実証して自分の目で見たものはちゃんと理解するからあとちょっとですよ!」
「……!」

 ベティ様……やはり、侮れない女性みたい。



 ***



 そうして、私が連れて行かれたのは小さな町。
 雨を降らせた場所から一番近いけれど、ここは——。

「ニコラス様!? ベティ様!? そ、それに、どうしてレイシェアラ様が!?」
「ジータ様!」

 長いポニーテールを揺らしながら駆け寄ってきたのは、ジータ・シルドール様。
 ニコラスの八番目の下婚約者で、子爵家のご令嬢だ。
 しかし実家のあたりが不作続きで借金まみれ。
 農業の技術指南などを繰り返していたが、どれも失敗。
 そうか、この廃れた人の気配のない町が……ジータ様の故郷だったのね。
 魔力供給が滞り、もっともひどい被害を受けた土地——シルドール。