『竜の聖女の刻印』が現れたので、浮気性のあなたとはこれでお終いですね!

 
『竜王の寵妃の刻印』——。
 歴代の聖女では誰一人とて得られたことのない刻印。
 その存在が世界に示されたのはおよそ百年前、この国の西にある小国、瑠璃国の聖女が、その国の竜王と恋に落ちて妻となり、竜王に与えられたという刻印。
 つ、つまり、竜王の寵妃……妻、恋人、伴侶! が、与えられる刻印なのだ。
 手の甲を撫でる。
 不思議とあたたかい。
 本当に、いいのだろうか?

「ありがとうございます……う、嬉しいです」
「…………。ん?」
「え?」

 なに? 聞き返された?
 私なにか失礼なことを言っただろうか!?

「嫌ではないのか?」
「え? 嫌、とは? なにがでございましょう?」
「我の妻と思われることがだ。今は人型だが、醜い本来の姿をお前も見ただろう。平気そうにはしていたが、それでも……」
「まあ! なにをおっしゃいますか! ヴォルティス様の本来のお姿とて凛々しく荘厳で素晴らしいではありませんか! ヴォルティス様こそ、私などを、その、つ、つ、つ、妻と公言なさるようなこの刻印、本当に……よろしいのですか? その……」
「構わぬ。お前が活動に支障をきたすという方が不快だ」

 ヴォルティス様……なんてお優しい。
 確かにこの刻印があれば、「今でも私のことが好きでたまらないレイシェアラ」などとあのアホに言わせる理由はなくなりますね。

「我の本来の姿を見てもそのように言い切れる、レイシェアラ……お前のような者を、我はずっと求めていた。お前が嫌でないのなら、ただの飾りとしてでなく、本当に、本気にしてもらっても構わない」
「!」

 本気に、してもいい?
 それはつまり——!

「あっ、う……あ……」

 ど、どうしたのレイシェアラ!
 あなたこんな時に言葉に詰まるなんて!
 早くお返事をしなさい!
 光栄なことよ!
 それに、それに……嬉しいこと、じゃないの!

「考えておいてほしい。答えはすぐでなくとも構わぬ」
「あ、あう、あう、あう……」
「さて、今日から旱魃の対処であったな。その刻印を用いて大地に魔力を与え、空へ[雨乞い]の魔法を使うといい。気をつけてな」

 頬を撫でられる。
 金の瞳が柔らかく、優しく私を見つめて微笑む。
 顔が、爆発してないないだろうか、私。

「…………」
「ご主人様」
「っ! いぃぃ行ってきますわ!」
「はい、お気をつけて」

 顔が、熱い。
 爆発して、焼け野原になってしまっていない?
 ヴォルティス様が私を、竜王の寵妃に選んでくださった。
 そしてこれから先も共に歩みたいと言ってくださった!
 どうしよう、嬉しい。
 嬉しい、嬉しい!
 でも、私、咄嗟なことで喋れなくなってしまうなんて情けない。
 帰ったらしっかり、お伝えしよう。
 私もヴォルティス様をお慕いしております、って。

『ひひーん、ぶるるる』
「あ、着きました? ありがとう、この辺りで降りて」

 ラックが嘶き、地上に降りる。
 [鑑定]や[探索]をした結果、この辺りが一番旱魃がひどく、かつこの場所を改善すれば下方の村や町の田畑に良い影響が出ると確信した。
 ヴォルティス様が教えてくださったのは、土を元気にする[活性化]の魔法。
 まずはそれをひび割れた大地に施す!

「活力を与えよ! [活性化]!」

 刻印がものすごい勢いで周辺へ魔力を流す。
 ボコボコと大地が隆起し、柔らかな土に変化する。
 さあ、この柔らかくなった大地へ雨を降らすわよ。

「雨よ。恵みの雨よ。我が乞いに応えよ……[雨乞い]!」

 刻印から光の柱が空へとかかる。
 しばらくそのままにしていると、そこから黒い雲が湧き出し、雨がポツポツと降り始めた。

「完了ね」
『主人様、濡れて風邪を召されます!』
『そうにゃん! 近くの町で雨宿りした方がいいにゃん!』

 クラインとシロが私の周りをうろうろするけれど、今はまだ動くわけにはいかないのよね。
 光の柱が空へと完全に消えるまでは……。

「大丈夫、気持ちいいくらいよ」

 ヴォルティス様に「竜王の寵妃にならないか」と、そう言われたのだもの。
 冗談でも、私の活動のための虚言でもなく。
 本当に、この先、あの方と……。

「っっっ」
『主人様っ』
『だ、大丈夫にゃん? あるじ様……顔赤いにゃん』
「大丈夫!」

 やはり、しばらく雨に打たれて頭を冷やすべきね!
 まあ、この光の柱……ヴォルティス様の天候を操る効果のある魔力が、雲の中に完全に消えなければ動けないのだけれど。

『あるじ様、早く! 早くラックに乗ってにゃん! すごい勢いであいつがくるにゃん!』
「え?」

 まだ半分、といったところなのだが、シロが慌てて叫び、ぐるぐると私の周りを駆け回る。
 でも、刻印から出る光の柱が完全に無くならない限り、ここからは動けない。
 動いたらそれで雨が止んでしまう。
 まだ全然、足りないの。

『あるじ様! あいつが! あいつが!』
「ま、まさか!」
『狼狽えるなシロよ! そのための護衛ぞ!』
『ヒヒーン!』
『くっ、そ、そうね! やるにゃん!』

 三匹が、近くの町から近づく影に向かって立ち塞がるように立つ。
 駆けてくるのは白馬。
 その上には、もう二度と顔も見たくなかったあの男!

「ようやく見つけたぞ、レイシェアラ! やはりお前の魔力であったか!」
「ニコラス! でんか……」