——この大陸、竜守護輝石大陸(ドラクリステル)には八体の竜王……通称八竜王が存在する。
 竜王たちは独自の領土を持ち、基本的にはその強大で強力すぎる濃厚な魔力量から人間が竜王の領域に近づくことは不可能。
 けれど、竜王たちのその竜の魔力は『竜の聖女の刻印』を持つ聖女を通すことで、人間にも魔力を扱えるようになる。
 我が国、『紫玉国(しぎょくこく)』――大陸最大の国。
 遥か昔、雷を司る邪竜ヴォルティスを封じた勇者と聖女が興した国である。
 勇者は王となり、聖女は封じたヴォルティスに寄り添い、改心を促しながらその魔力を王の持つ紫水晶玉へと送る刻印を有した。
 聖女が膨大な魔力を国へ送り、国は瞬く間に復興、発展したと言われている。
 我が国の興りと邪竜の魔力供給を見た小国は、他の竜と交渉し、我が国と同じように竜の魔力を『竜の聖女の刻印』を通して供給してもらうようになった。
 もちろん、交渉であるから竜にも旨味がなくてはならない。
 他の竜たちは己の領土に人間が立ち入らない“不可侵”を望んだり、逆に崇め奉られることを望んだり、様々だ。
 けれど、すべてに共通するのはすべての興りが我が国であるということ。
 そして、そのようにして竜たちとの共生が始まったことで、いつからか大陸に棲む八体の竜は、敬意を込めて『八竜王』と呼ばれるようになった。

 竜の聖女とは、『竜の聖女の刻印』を竜王によって選ばれて刻まれる、竜王の魔力を送る役目を持つ者。
 あまりにも強大な竜の力を制御し、濃度が濃すぎて発生している瘴気を浄化し、国へと送る重要な中継地点。
 竜王が人間と共生できるように架け橋となり、竜王に生涯を捧げる者。
 ゆえに“竜王の王妃”とも、“嫁ぐ”とも言われる。
 中には本当に竜王の妻となった聖女も、他国にはいると聞く。

 その『竜の聖女の刻印』は、強い聖魔力適性を持つ、若い女性にのみ発現する。
 そう、私のような。
 末長く竜王に仕えるため、若い娘が選ばれるのだ。
 国に魔力を送る重要な役割があるので、我が国の前任者……前聖女様も八十年ほどお勤めになられた。
 それも五年前に引退——お亡くなりになられ、我が国は五年間魔力供給が止まっている状態。
 魔法は使いづらくなり、干魃(かんばつ)が続き、最近では竜巻も起こるようになってきていた。
 国王陛下が竜王ヴォルティス様へ「一刻も早い次代聖女の選定を」とお願いして、ようやく私が選ばれたのだ。
 そもそも竜王ヴォルティス様も、聖女がいなければ溢れかえる魔力から瘴気が発生して、また邪竜に戻ってしまいかねないだろうに……。
 一週間と言わず、一刻も早い竜の塔への移転が、今の私には求められている。

 …………なので——。



「これはどういうことですか!! ニコラス殿下!」
「決まっている! 私を愛してやまないお前を、竜のところへ行かせるわけにはいかない! 心配せずとも私がお前を竜から守ってやろう! なにしろ私は邪竜を倒した勇者の血を引いているのだからな!」
「っっっ……!!」

 なにを 言っておられるのだ この男は。
 あまりの意味不明な理論に、思わず絶句してしまう。
 こともあろうに我が元婚約者様は、私を拉致し、石壁と鉄格子に囲われた地下牢に私を監禁しておいでである。
 アホだアホだと思っていたけれど、どう育ったらここまでアホに育つのだ。
 私や国王陛下や王妃様がなにもしていないみたいではないか。
 めちゃくちゃ叱り続けて、咎め続けてもこれである。
 ここまでくると、もう王太子の適性がない。
 最近はなにを言っても無駄だと諦めてきたけれど、このような暴挙に突っ走るとは思わなかった。
 ここまで愚かでアホであったとは。

「殿下、竜の聖女がいかに国にとって重要な存在かは、幼少期より学んでおられるはずでしょう? 私をここから出してくださいませ。今なら私も目を瞑ります」
「なんと健気な!」

 なにをどう聞いたらそうなるのでしょうか。

「だがダメだ。そなたがそこまで私を愛しているのだから、私もその愛に応えなければならない」

 怖い怖い怖い。
 この人の耳に私の言葉ってどう聞こえているの?
 幻聴混じってるの?
 どういう変換がなされたの、今の。
 私はあなたを愛したことは一度もありませんし、今はもう嫌悪を通り越して恐怖です。

「しばらくここに身を隠せ。そうすれば竜王も諦めて別の娘を竜の聖女にするだろう。それまでの辛抱だ!」
「殿下、もうこの国は五年も聖女がいなかったのですよ! これ以上は危険です! 竜王ヴォルティス様が邪竜になってしまいます! 封じられているとはいえ竜王様が邪竜になれば、溜め込んだ魔力で封印が解けてしまうかもしれません。それに、これ以上供給が止まれば我が国は魔法を失ってしまうかもしれないのです! ことは一刻を争います。私をここから出してください! これは反逆罪ですよ!」
「安心しろ、愛に生涯はつきものだからな!」
「なにひとつ安心要素がありませんから! それから、私と殿下の婚約は解消されているはずですよ! もう私たちは他人です!」
「愛があれば大丈夫だ!」
「なにも大丈夫ではありませんからー!」