『竜の聖女の刻印』が現れたので、浮気性のあなたとはこれでお終いですね!

 
 聖女になれば竜の塔にいなければならないけれど、国内の魔力が安定したら家に帰ってのんびりすることも可能。
 事実、歴代の聖女様は週末実家に帰ったり、友人と会ったりしていたらしい。
 私だって家に帰ってレオをジャンプーしたり一緒にお散歩したりベッドで寝たりできるはず!
 しばらくは無理でも、国内魔力が安定したら、きっと!
 そう、そのためにも頑張る。
 頑張れる!

「参りましょう!」

 サクッと倒してさっさと帰って実家に帰れるくらい国内を安定させる!
 レオ、待っていてくださいね!
 あなたをもふもふなでなでぎゅっぎゅするために、私、すっごく頑張ります!
 もうあなたをもふもふなでなでぎゅっぎゅすることを、私は諦めない!
 クラインの尻尾を撫で撫でしていたら、その欲求が耐えられそうになくなっている。

「この村です」

 そうして案内された村は閑散としていた。
 柵は壊され、道は荒れ、家の中の人々が怯えて息を殺しているのが伝わる。
 現場となった鳥小屋や牛舎は一部が完全に破壊され、家畜たちが私という初めて見る人間に警戒心を抱いているのがわかった。
 これは、確かにのんびりしていられそうにない。

「クライン、匂いでオーガベアを辿れますか?」
『お任せください』

 本当は少し怖いけれど、クラインと共に近くの森に入る。
 小さくなって肩に乗ったラックが「乗る?」と首を傾げるけれど、森の中で馬に乗るのは逆に身動きが取れなくなりそう。
 ラックは私が乗る時の姿、翼も生えて普通の馬よりも大きい。
 ……今更ながら、クラインの実力も気になる。
 護衛として召喚したし、小さい姿と違って私の腰まである巨大な狼。
 オーガベアはもっと大きいはずだから、上から殴られたら危ないのでは。
 その時は、あのやんごとないアホ王子の尻拭いで覚えた攻撃魔法で応戦するしかない。
 けれど、さすがの私も魔物との直接対決は場数が少ないから不安。
 それに、オーガベアは相手にしたことがない。
 うまく立ち回れるかしら……。
 いえ、絶対ここで倒すのよ。
 最悪、聖結界で吹っ飛ばしてしまいましょう。

主人様(あるじさま)、こちらでお待ちください。仕留めて参ります』
「え、いたのですか?」
『はい。しかし主人様の身になにかあっては大変ですので、こちらでお待ちを。すぐに終わりますので』
「……わかり、ました。任せます」
『御意に』

 クラインの実力がわからないので、任せてみるのもありなのかしら。
 自信満々だし……そんな自信満々にドヤ顔しているクラインが可愛いのでお任せしましょう!
 犬科! 正義!
 あ、いえ、猫も好きですよ?
 憧れますよね、大型猫。
 あんなのに覆い被されたらほかほかでぬくぬくのまま眠ることができそう。

『ぐぎゃ!』
「「!」」

 潰れたような悲鳴に、村人と共に肩が跳ねた。
 まさか、クライン、やられてしまった……?
 そんなはず、そんなわけ……。
 怯えながらも一歩下がって、護身用の水晶短剣を構える。
 水晶は脆いけれど、魔力は非常によく通す。
 魔力強化して、頭を狙えば——。

『お待たせいたしました、主人様』
「! クライン! 無事でしたか!」
『無論です。オーガベアもあちらに』
「っ」

 木に隠れ、ここからでは手しか見えない。
 私に死体を見せないようにと気を遣ってくれたらしい。
 私の代わりに村人が確認しに向かう。

「確かに! このオーガベアです! す、すごい、本当に倒していただけるなんて!」
『この程度、主人様の晶霊たるワレにかかれば容易い』
「聖女様! ありがとうございます!」
「い、いえ、倒したのはクラインですから。ありがとう、クライン」

 ……ここから見ても手が大きい。
 恐る恐る木の影に倒れるオーガベアを覗くと、三メートル近くありそう。
 角があり、鋭い爪と牙。
 ええ、どうしてこれと戦えると思ったのでしょうね! レイシェアラ!
 しかし、これを一撃で倒してしまうなんて……。

「しかし、これが食べられるとは……」
「魔物を食糧にする場合、手順があります。逆さ吊りにして血を抜き、肉の表面を削ってからよく塩水と酒を混ぜたものに一日漬けてからしっかり中まで火を通して食べると、生臭さが和らいで食うことができるそうです。ベア科は味の癖が強いのですが、中でも手足は特にえぐみが強いらしく手足は煮込み料理にしてえぐみを取り除くのかいいと本で読みました。こちらもしっかり酒に漬けてからの方がいいでしょう。内臓と骨は砕いて混ぜて乾燥させると、魔物除けの効果が出るから森や畜舎の周りに撒くといいと思います」
「なんと! ありがとうございます! ありがとうございます!」
『ほおお……我が主人様は博識でいらっしゃいますね』
「そんな! 本で読んだだけです。それに、クラインが『食べられる』と言ってくれたから思い出すことができたのですよ」

 懐かしい。
 王立貴族学園に在籍していた頃、魔法の実習であのアホ王子が「お前たちに私が勇者の血を引いているところを見せてやろう!」と格好をつけて森の奥まで連れて行かれ、当然のように帰り道がわからなくなり野宿する羽目になった時のことを。
 あの時、事前準備として本の中で読んだ知識と、六番目の婚約者、サーラが魔物の捌き方などを知っていてくれたおかげで夕飯抜きは免れたのよね。
 翌日騎士団が救援に来てくれなければ、どうなっていたことか……。
 本当にあのアホ王子は軽率で困ります。