「ぃやったわぁああああぁー! これで自由だわぁぁぁぁぁ!!」

 私は叫び、拳を掲げた。
 私、レイシェアラ・シュレ。19歳。
 この度めでたく手の甲に『竜の聖女の刻印』が浮かび上がったのだ。
 場所は王宮のお庭。
 時は私の婚約者、ニコラス・ヴァイオレット王子主催のお茶会。
 婚約者、ニコラス王子がベティ・ドリエを十一人目の婚約者として迎えることを、宣言された瞬間——で、ある。
 お茶会には国王陛下と王妃様、私の両親他親類縁者も勢揃いしているが、私は喜びのあまり我を忘れてしまったのだ。
 仕方ない、これでようやくこの肩身狭い思いから解放されると思って。
 みんなが私に注目している。
 いけないわ、レイシェアラ、落ち着いて。
 仮にも王妹を母に持つ公爵令嬢たる私が、両腕を掲げて叫び喜ぶなどあってはならないわ。
 見なさい、皆様がぽかーーーーーんとなっているわ。
 普段の私ではあり得ませんものね、こんな言動。

「こほん。……失礼いたしました」
「い、いや、よいのだ。して、刻印は」
「はい、こちらです」

 陛下に声をかけられて、慌ててお側へと近づき左手の手の甲に現れた竜の聖女の刻印を示す。
 伯母、王妃セレーナ様もそれを覗き込み「確かに」と頷かれる。

「素晴らしい! いいえ、あなたならいつか選ばれると思っていたわ。先代の聖女が引退して五年以上経つもの……あなたが選ばれたのならもう心配することはないわね」
「うむ。では早速ニコラスとレイシェアラの婚約解消の手続きを行おう。誰か、法務官を呼んできてくれ」
「おめでとう、レイシェアラ」
「まあ、素晴らしいわ! おめでとう、レイシェアラ!」
「ありがとうございます、伯母様、お母様」

 うんうん、と皆が私を祝福してくれる。
 特に伯母様とお母様は涙を滲ませるほどに。
 私もとても嬉しいわ。
 母たちの様子に会場も落ち着きを取り戻し、拍手が起こり始める。
 他の婚約者たちも「レイシェアラ様おめでとうございます!」「よかったですわ!」「聖女当確おめでとうございます!」とお祝いしてくれた。
 特に第二婚約者であり、私の親友でもあるルイーナは「婚約解消おめでとうございます」としっかり口に出してしまっている。
 こらこらだめよ、みんな思っててもあえて口にしてなかったのだから。
 てへ、ではないの。
 可愛いから許すわ、お互い苦労してきたものね……。
 ええ、本当に……だって、これでようやく解放される。

「ま、待て! 婚約解消とはどういうことだ!」

 きた……。
 場の空気を先に壊してしまったのは私だけれど、あの九割呆れの冷え切った祝福の空気に一切気づかず、ついに大台二桁二人目の婚約者を悪びれもせずに陛下や王妃様や私の両親まで招待したお茶会で紹介し、婚約者宣言したあなたもどうかと思います。
 その上この状況でよもや婚約解消に意を唱える? まさか?

「どういうこともなにも……レイシェアラは『竜の聖女の刻印』が発現したのだぞ。お前と婚約を解消し、竜の塔に入るのは当然であろう」

 陛下が丁寧に説明する必要があるとは恐れ入る。
 この国の王太子でありながら、『竜の聖女の刻印』が現れた者がどうなるか知らないのだろうか?
 場の空気がまた、先程のように冷えたものとなる。
 陛下と王妃様も困惑した表情だけれど、顔を見合わせて「いよいよヤバいな」と言わんばかり。
 ニコラス王子……そろそろ本当に王太子を降ろされるんじゃないかしら。
 私の実家、シュレ公爵家の後ろ盾を失ったら、本格的にニコラス王子下ろしが加熱しそう。
 けれど、それでいいのかもしれない。
 彼と婚約して十年……浮気症の彼の態度は年々悪化し、気づけば婚約者は二桁超え。
 私以外はほとんど容姿だけで選ばれ、八番目以降は財政難な伯爵家以下の家柄の令嬢がほとんど。
 その八番目以下の婚約者の実家を支えていたのも、王家と私……そしてシュレ公爵家。
 今日婚約者として発表されたベティさんに至っては、元々平民。
 お母様とベティさん本人があまりにも美しいからと、ドリエ子爵が第二夫人として迎えたという。
 しかし、彼女たちは非常に浪費家だった。
 瞬く間にドリエ子爵家は傾き、現在は方々に借金して首が回らない状態と聞く。
 ベティさんも私や私の他の婚約者令嬢たちに、ドレスや宝石のおさがりをよくねだってきた。
 下賜する文化はあるけれど、それは自分の近しい者へ感謝や褒美として行うもの。
 王子の婚約者は一応“同格”という扱い。
 けれど、貴族社会というのは最低限暗黙のルールが存在する。
 彼女はそれも知らぬ存ぜぬで、私たちも「貴族社会に慣れるまでは」と甘やかしてしまったけれど……。

「レイシェアラは私が王となるために必要な後ろ盾ですよ!? それがいなくなるなんて、不安です!」
「そうですよ! レイシェアラ様がお仕事を全部やってくれないと、ワタシと殿下が楽しく過ごせなくなるかもしれないじゃないですか! レイシェアラ様がいなくなるのは困ります!」
「「「…………」」」

 不安とかなんとかもうそれ以前にここでそれをぶっちゃけてしまえるその胆力は、もういっそ見習いたいかもしれません。
 国王陛下まで目が点になっておられる〜。

「ば、馬鹿者! レイシェアラとシュレ公爵家の後ろ盾がなくても問題ないようお前自身が努めればよかろう! しかもそれをこのような場で言い放つとは何事だ!」
「ち、父上!? なぜお怒りになられるのですか!?」
「っ……もうよい、お前はあとでわしの部屋に来なさい! ……こほん、レイシェアラよ、竜の聖女として竜の塔への移転の準備をしておくように。一週間以内に八竜王が一柱、雷のヴォルティスの下へと嫁ぐのだ!! 我が『紫玉国』のため、頼んだぞ!」
「謹んでお受けいたします」
「そ、そんな! 父上!」
「お前はもう黙れニコラス」