境界線を越えたくて

 先ほどまで哀切しか感じられなかった花びらが彼女と手を繋ぎ眺めるだけで、祝福の紙吹雪に見えた。

「ここの桜はもう終わりなんだね」
「水沢さんの方は?」
「今ちょうど満開」

 こんなちょっとしたことでも、彼女の住む街と俺の住む街は違うのだと実感させられる。

「やっぱ遠いは遠いよね、俺等の距離」

 そう覇気(はき)なくぼやいた俺の隣、彼女は「あ」と空を見上げた。同じところを見れば回顧される、あの日あの時の記憶。

 青い空に、映えるもの。

「シャツかと思った」
「私も。だけどあれは鳥だよね」
「うん」

 悠々自適に青を泳ぐ白い鳥。見続けていると、やはり時折シャツにも見えた。

「あの日校舎のベランダから見えたのも、もしかしたらこの鳥だったのかも」

 そんなことないよ、と彼女は笑うけれど、そう思った方が強くいられる。

「水沢さんと俺は繋がったひとつの空の下にいるんだね。だからいつでも逢える」

 結ばれた手をきゅっと握ると、彼女も俺の意志をキャッチしてくれたのか、きゅきゅっと返してこう言った。

「ふたりの間にはもう、境界線もないもんねっ」