境界線を越えたくて

「瑞樹ーっ。ちょっと昼ご飯買ってきてくれなーい?箸が見当たらないから、サクッと簡単に食べれるものーっ」

 段ボールでごった返した新居で母はそう言った。ぽんと放られた彼女の財布と共に俺は見慣れない街へと出る。卒業式までは後二日。俺の新生活は一足早くスタートした。

 どうしてたったの二日、引っ越しを待てなかったのかと不満はぶつけたが、両親が弁明する大人の事情というのはよく理解できぬままに終わってしまった。
 反論も反対も、まだ十五年しか生きていない俺には上手くできない。

 中学校があった地元からほんの少し南へ下っただけなのに、季節は急速に進むのだと教えられたのは満開に近い桜の木。鮮やかに堂々と佇むそれは、母校のものとは異なった。

「今頃、怒ってんのかなあー……」

 時刻は昼過ぎ。給食後の昼休みと同時刻。
 別れを告げぬまま消えた俺を、彼女はどう思っているのだろうか。

「まじでばかじゃん、俺……」

 心の底から己を軽蔑した。愛する人の愛を感じていたのにもかかわらず、こんなカタチでしか彼女から卒業できなかったのだから。