春一番が吹くでしょう。その日のウェザーニュース通り乱暴な風が吹くのにもかかわらず、彼女はひとりベランダにいた。

 チャンス。

 そんなものはとうに諦めたはずなのに、勝手に体が動いていた。ベランダへと続く扉を開けて、手すりに手をかけて。

「あ」

 彼女の視線を辿れば、そんな間抜けな声が抜けていった。

「シャツ飛んじゃってるじゃん」

 白い鳥だと一瞬見紛った。それくらい青に映えた綺麗な白だった。

 そろりと横目で俺を見てきた彼女に息が詰まる。
 大好きな人とふたりきり。そのシチュエーションだけで窒息しそうになる。

 ベタな態度は取りたくないから、笑いを取りにいった。

「下着じゃなくてよかったよね」
「え」
「シャツじゃなくて下着だったら、恥ずかしいじゃん」

 けれど彼女は「そうだね」と目を細めるだけに(とど)まったから、これは失敗だ。