キンコンと予鈴が鳴った。あと五分後には授業が始まる。

「じゃ」

 素っ気なく見えた彼が教室へ向けて動き出したのをきっかけに、金縛りは解けた。

「さ、坂口くん!」

 まだ行かないで。

 そう思うのであれば彼の腕を掴めばいいのに、それが出来なくて、大声で呼び止めた。
 おもむろに振り向く彼がまた、消えてしまいそうに見えた。

「なに」

 その時ふたりの間に舞い落ちてきた、ひとひらの花びら。ゆらりゆらりと漂うピンク色が背筋を凍らせる。

 どうしてこんなにも、先を急ぐの?

 まだ三割も咲いていないのに、まだまだこれからあなたは必要とされるのに、どうして散るのか。
 明日も明後日も逢えると思っていたあなたとの突然の別れ。こんなの、受け入れられないよ。

「また明日ね!」

 行かないでと言う勇気がなかった私は、未来の言葉を口にした。

「また明日、ベランダで!」

 彼はそんな私に優しい笑みをくれたけれど、それが彼とのさようならだった。