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「本当にありがとう、里美」

「気にしなくて大丈夫だって。澪の家からの方が通勤も楽だし。むしろ、助かっちゃうくらいだから。……それより、ちゃんと寝た方がいいよ?」

「うん……」


 あれから一週間。

 毎日決まって2時23分に鳴り響く音に悩まされ続け、夜も眠れぬ日々を過ごしていた私。
 そんな状況を見かねた同期の里美は、幽霊がいるだなんて戯言を信じてくれたばかりか、こうして心配して泊まりに来てくれたのだ。

 勿論、引っ越すことも考えてはいるが、今すぐにどうこうできる状況でもなかった。なにせ、連日の残業やら休日出勤やらで、物件を見に行く暇さえないのだ。
 実家に身を寄せることも考えたが、勤務先まで片道三時間もかかってしまうことを考えると、どうしてもその決断はできなかった。


「じゃあ……明日も早いし、もう寝よっか。……おやすみ」

「うん。……本当にありがとう。おやすみ」


 今一度お礼を告げると、里美はクスリと笑って瞼を閉じた。





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 ——————





 ———ドンドンドンドンドン!!

 

 その日もやはり、真夜中に突然鳴り響いた轟音によって叩き起こされた。
 驚きに瞳を大きく見開いた里美は、私の顔を見ると口を開いた。


「これが……例の、あの音?」

「っ、うん……」


 カタカタと震えながらもそう答えれば、唇を小さく震わせた里美が再び口を開いた。


「本当に……誰も……、いないの?」


 誰かが叩いているとしか思えないその音に、里美は私の顔を見つめると小さく瞳を揺らした。


「うん……っ、いない……」


 そう口にしてみると、改めて”幽霊”というものの存在に恐怖が増してくる。


「でも……もしかしたら、下に屈んでるとか……。見えないようにし——」


 
 ———ドンドンドンドンドン!!



 ———!!!



 里美が言い終わる前に、再び鳴り響いた轟音。
 その音に驚いた私は、思わず隣にいる里美の手を握った。その手からは明らかに自分のものとは異なる震えが伝わり、里美の恐怖まで私の中に伝染する。


「……っ、ねぇ……澪。確認してみよう……?」


 やはりその目で確認しないことには納得ができないのか、里美はそう告げると私の手を引いて玄関へと向かった。
 そっと玄関扉に手を触れると、ゆっくりと覗き穴に近付いた里美。


「っ……誰も……、いない……」


 そう里美が呟いた——次の瞬間。再び目の前の扉は轟音を上げた。



 ———ドンドンドンドンドン!!
 『……こ……ろ、……す』



「「ヒ……ッ!」」


 小さく悲鳴を上げると、絡れるようにして床へとへたり込んだ私達。
 轟音と共に、微かに聞こえてきた呻き声のようなもの。その声が、更に私達に強い恐怖を与えた。

 その耐え難い恐怖に涙を流すことしかできなかった私達は、震える身体で互いを抱きしめ合うと、一睡もせずに朝を迎えたのだった。