何時になったのかは分からない。突然、店主がテーブルを挟んで私の向かい側にどっかと座った。

「な、なんですか?」

「なんか困ってるようだから、話でも聞こうかと思って。もう客あんただけだからさぁ」

 彼は足を組んで頬杖をついた。手元には自分のコーヒーを携えている。

 顔を上げてまわりを見渡すと、たしかに店内には誰もおらず、私と店主だけになっていた。

「何かあったの?」

「……6年付き合った彼氏に失恋したんです。彼とは同棲してて、1週間後にはアパートを出ていけって言われて。ムカついて飛び出してきたんです。あそこには帰るに帰れなくて、でもあてがなくて…。6年…。結婚も考えてたのに、今はどん底です。20代棒に振っちゃいました」

 最後に無理して笑ったせいで、自分でそうしたくせに惨めになってまた泣けてきた。話しているうちに涙とともに溢れてくる感情。悔しいし悲しいし腹が立つ。

「それは、気の毒だったな」

 店主はコーヒーを一口すすった。

「あんたがこの店を選んだのは、偶然じゃないのかもしれないな」

「え?」

「うちの店の名前、何だったか覚えてる?」

「…カモミール?」

「そう。『カモミール』って花の名前なんだけど、地面を這うように生えて踏まれれば踏まれるほど丈夫に育つ花なんだ。それゆえに、『逆境に耐える』とか『逆境で生まれる力』っていう花言葉がある。今は辛いかもしれないけどさ、きっとあんたが成長するための糧になるよ。今がどん底だって言うなら、もうあとは這い上がるしかないだろ」

 店主は口元に笑みをたたえてそう言った。サングラスを掛けているから、いまいち表情は読み取れないが、慰めてくれているということは分かる。